NIBフロントライン

第一貨物社長
米田総一郎氏
米田総一郎氏
【インタビュー】
 -業界の現状、自社の取り組みは。

 「BtoB(企業と企業の取引)輸送に関しては新型コロナウイルスの感染拡大に伴い物量がダウンしている。半導体不足に加え、東南アジアのロックダウンにより各種部品の供給がなくなるなどした影響は大きい。昨年は持ち直した時期もあったが、8月以降は相当厳しくなった。このような状況が2年ほど続いている」
 「その中で第一貨物は歴史的とも言える大きな転換期を迎えている。一つは業務の内製化と自社化の推進だ。特にドライバーはこれまで採用難が続き、外部戦力に依存せざるを得なかったため高コスト構造だったが、改善に努め、週休2日制の導入などによる採用力の強化によってドライバーを増やし、外注費の削減を図った。もう一つは超大型の設備投資事業だ。先に新東京支店が稼働したが、旧東京支店の資産を売却して得た資金を活用している。昨年完成した新たな山形支店や社宅、整備工場なども全てそうだ。コロナ禍で足元は厳しく、本年度の決算に与える影響は大きいが、来年度以降は改善していく見込みだ。大型設備投資の効果をフルに発揮し、コスト構造の改革をさらに進めて飛躍につなげたい」

 -求める人材は。

 「業務の中枢である集荷と配達を担うドライバーについては一定以上の体力、真面目さ、人から信頼される誠実さ-が求められる。主事業の特別積み合わせ事業では、あらゆる企業から荷物をお預かりし運んでお届けする。お客さまと接するセールスドライバーであり、輸送品質の維持・向上には、これら三つの資質が不可欠だ」
 「企業内学校として技能専門校(研修所)を1962(昭和37)年から開設し、ドライバーの育成に努めている。現在は高卒対象で卒業生は1900人を超える。中核を担う社員に育った卒業生もおり、高い意識で業務に当たっている。専門校を社内に持つ会社はあまりないはずだ。脈々と続いているのは私たちの強みであり、さらなる機能強化も図りたい」

 -影響を受けた人物は。

 「信託銀行に勤務していた当時、さまざまな人の影響を受けたと思っている。あえて挙げるならば40代の頃、ある同僚の姿勢に学ぶことが多かった。非常に忙しくても、逃げずに正面から仕事に向かえば必ず道は開けるという考え方を学んだ。やりたくない、気が重い仕事から優先的に取り組む姿勢も身に付いたと感じている」

 ★米田総一郎氏(よねだ・そういちろう) 一橋大商学部卒。三菱UFJ信託銀行などに勤務し2015年、第一貨物に入社。取締役経理部長、常務、専務などを経て20年6月から社長。埼玉県出身。64歳。

 ★第一貨物 1941(昭和16)年に山形合同貨物自動車として設立され、90年に現社名に商号を変更した。貨物自動車運送をはじめ、物流システムの設計、運用・管理の受託など各種事業を手掛ける。2012年、グループ社・太平興業(東京)との共同持ち株会社「ディー・ティー・ホールディングス」を設立。資本金1億円。従業員数は4385人(21年3月末現在)。事業所は68カ所を有する。本社は山形市諏訪町2の1の20。

【私と新聞】景気の動向把握に活用
 埼玉県出身の米田社長は山形市内で単身赴任生活を送る。仕事と趣味の両面で本県の情報収集に山形新聞を役立ててきた。
 国内の景気動向を把握し、取引先企業に関する動きをチェックするためには、新聞記事が重要な情報源と捉えている。「私たちが取り扱う物量は景気の変動に左右される。自社の年度計画を立てる際、関連する原油価格などの情報を得るには、まずは新聞」と話す。
 新聞記事をきっかけに、これまで寒河江市の慈恩寺を訪れたり、河北町の谷地どんがまつりを楽しんだりしてきた。音楽も趣味。上山市出身のピアニスト永田美穂さんらが出演する上山音楽祭はお気に入りの一つとなった。「山形県では素晴らしい音楽イベントが多い。多くの方に知ってほしいし、見どころを紹介するような告知記事を充実させてほしい」と語る。

【週刊経済ワード】小島プレス工業
 トヨタ自動車の協力企業で、自動車の内外装部品の生産を手掛ける。1938年設立で、本社は愛知県豊田市。同社サイトによると、2020年の売上高は1745億円、社員数は今年1月時点で1650人。トヨタのほか、日野自動車やダイハツ工業とも関係が深い。資本金は4億5000万円で、非上場。
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