NIBフロントライン

永田プロダクツ社長
永田則男氏
永田則男氏
【インタビュー】
 -自社の取り組みと業界の現状は。

 「7年前に会長として83歳で亡くなった父行生が始めた自動車解体業が始まり。廃車をスクラップにしていたが、まだ使えるパーツを取り出し中古部品として販売するようになった。段階的に新しい仕事にチャレンジしてきた。使えるものは徹底的に使い切るという精神を大切にし、創造することが重要だと考え『プロダクツ』と改名した。電気自動車の普及が進めば、これまでのような中古部品の流通量が減る。ガラスやプラスチックを素材化し、リユースすることが理想だが、採算面などで課題も多い。カーボンニュートラルの時代にどう対応していくかがこれからのテーマだ」

 -力を入れている取り組みと今後の展望は。

 「『リボーン・マジック・サーカス』という店名で地元の酒田市や天童市、仙台市に直営店を構え、まだ乗れる車をリサイクル部品で再生させ、リース車として使う『リボーン・カーリース』を展開している。より短期間の利用需要に応えるため、レンタカーのサービスも始めた。北は北海道、南は香川県までのフランチャイズのネットワークが拡大している。車に関して利用者が求めるサービスはまだある。時代に合わせ、変化し続けていく」

 -求める人材や能力は。

 「素直で明るく、挑戦する心と好奇心がある人。雰囲気が良くないと会社は伸びないし、クリエーティブな発想は生まれない。全く車のことを知らない女性社員を採用したことがある。当初は不安もあったが、かなりの努力家で勉強家だった。2年後には商品知識が豊富になり、顧客から絶大な信頼を得るまでになった。彼女が自分のために作った仕事のノートは退職時に譲り受け、今はわが社の宝物。仕事に性別や能力で向き、不向きはないと実感した」

 -影響を受けた人物は。

 「創業者である父の影響も大きいが、フルート奏者であり音楽と心の研究をしている梅谷忠洋氏だ。同業他社の先輩から紹介され、交流も深めている人生の師の一人。信念を持ち社会のためにどう役に立っていくかを考えることが大切だと、再認識するきっかけを与えてくれた。経営は単純にお金を稼ぐことではなく、金もうけだけを考えると会社は長続きしないと思うようになった。誰もが自分らしく働ける会社を続けていきたい」

 ★永田則男氏(ながた・のりお) 酒田工業高(現酒田光陵高)卒業後、東海大工学部に進み、NEC山形入社。1986年に前身の永田商店に入り、家業を継いだ。98年11月から現職。自動車のほか漫画も好きで、一時期は漫画家を目指していたこともある。酒田市出身。59歳。

 ★永田プロダクツ 1967(昭和42)年10月、永田社長の父・故行生前会長が1人で自宅裏の敷地に自動車解体業の永田商店を創業。本社を酒田市東町に移転し98年、現社名に変更した。リサイクル部品の取り扱いを始め、2009年からは中古車をレンタカーやリース車としてよみがえらせる全国チェーン「リボーン・マジック・サーカス」を全国15店舗で展開する。資本金1500万円、従業員60人。本社所在地は酒田市高砂官林続10の11。

【私と新聞】地域の活動、ニーズ把握
 業界紙も読みつつ山形新聞を購読し、1面から読み始めるという永田社長。おくやみ欄なども重要だが、注目しているのは地域面だという。
 永田社長は「ここはこんな取り組みをやっている、と分かるのがいいところ」と語り、地域面に掲載されている記事の中でも企業のボランティア活動や、企業と地元の人との関わり方などに注目している。企業関係以外でも、さまざまな話題はビジネス上の発想のヒントになるといい「新しいサービスは、地域の人たちがどんな活動をしているか、何を求めているかを把握しなければ生まれない」。家にいるときは新聞に目を通す時間を大切にしている。
 社内でも業界に関係する記事は切り抜き、張り出している。自動車を取り巻く話題、ニュースは多い。新聞からの情報収集が、変化に対して柔軟かつ機敏に対応するためにも重要だという。

【週刊経済ワード】職場接種
 新型コロナウイルスワクチンを企業や大学などで接種すること。自治体の負担を軽減し、接種を加速化する狙いがある。政府の専用サイトに申請する。企業や大学は、自治体や医療機関などと調整するため、事務局の設置を求められている。政府は、1日400人を接種するには、医師2人、看護師6人などの体制で8時間の対応が必要だと例示している。
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