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沼澤工務店社長
沼澤貞義氏
沼澤貞義氏
【インタビュー】
 -業界や自社の現状は。

 「昨年の住宅などの着工件数は新型コロナウイルスの影響で後期が振るわず、前年比で10%程度落ち込んだ。主力のリフォーム事業が控えられたことも一因。収束に向かえば再び活性化すると信じている。今はソーシャルディスタンス(社会的距離)に配慮した営業が求められ、顧客に『住宅展示場に来てください』と言うだけでは通用しなくなっている。スマートフォンなどを使った効果的な物件案内や商談ができるように、勉強会を重ねてシステム構築を急ぎたい。当社は県産材を中心とした純木造建築が主力で、住宅、特殊建築物、社寺などが対象だ。本物と呼べる木を使い、先人の知恵や伝統工法を伝えることも使命と感じている。建築に木材を利用してもらうために、その優良さをアピールしていくことが重要だ。特に若い層に理解してもらえるよう努めていく」

 -求める人材は。

 「大工を目指す若者が毎年数人入社してくれている。当社大工の4割は20代と30代前半。30代後半で社寺建築を任せられる社員もいる。頼もしい限りだが、彼らが伝統技術を会得できるよう、しっかりと育成することが私の仕事だ。彼らには『ナンバーワンの技術者になる』という夢を持ち続けてほしい。大工の命である道具をきちっと研(と)いで作れることが大前提にあり、そこから多くの名工に近づけるように鍛錬を積んでほしい。『千里の道も一歩から』という言葉を励みにし、五重塔が造れるぐらいに成長してくれたらうれしい。休めるときは積極的に休み、その時間を美意識の向上に充ててほしいと社員にはよく言っている。目先の仕事も大事だが、さまざまな自然と触れ合ったり、社寺を詣でたりして感性を磨くことも重要だ。芸術的なものはそうしなければ造れない。建築の楽しさ、働く楽しさを常に感じられる人間になってほしい。そのための視察や研修の機会をどんどん増やしていきたい」

 -仕事で影響を受けた人物は。

 「仙台市の工務店に15歳で弟子入りしたが、最初に世話になった職人の石井さんのことは忘れない。当時60代のすばらしい宮大工。『草を見ろ、山を見ろ、自然を見ろ』と教わり、仕事がつらいという思いが和らぎ、励みにもなった。それと同じことを私が今、社員に伝えているわけだ。もう一人は、当時通っていた工業高定時制の鈴木先生。計算機が出始めたころ、『これからの時代の主力はこれになるぞ』と、計算尺に頼っていた私たちに購入を促した。時代を読む力を備えていた先生で、それを身に付ける大切さを痛感させられた」

 ★沼澤貞義氏(ぬまざわ・さだよし) 1972(昭和47)年に仙台市で大工修業を始める。市立工業高の定時制に通いながら研さんを積み、18歳から一般住宅を手掛ける。80年、舟形町で個人経営の沼澤建業を創業し83年、沼澤工務店に社名変更。92年に株式会社化し社長就任。県サプライチェーンマネージメント推進フォーラム会員。舟形町出身。64歳。

 ★沼澤工務店 県産木材を使い伝統工法を生かす木造建築を手掛け、対象は一般住宅、集合住宅、社寺仏閣と幅広い。ほかに店舗設計、公共事業にも関わる。自社ブランド「伝心の家」は県内で広く認知されている。資本金2千万円、社員数34人。本社所在地は新庄市十日町6397の17。山形市に支店がある。

【私と新聞】見ずにいられない存在
 沼澤貞義社長は山形新聞を愛読しており「地域に密着した記事が多く、見ずにはいられない、くせになる存在」と話す。県内や業界で起きていることへの関心は高く、その情報を得るにはもってこいの媒体なのだという。

 各記者の考えが分かるのも面白く、記事末尾に筆者名が載るようになって、より親近感が沸くようになったと歓迎する。「かつて交流のあった記者が今はどこで活躍し、どんなふうに成長しているかなども分かり、うれしい気持ちになる」

 1面は必ず読み、関連記事のある面に目を通して内容を多角的に把握するのが習慣。ほかに地方版やおくやみ欄も欠かさない。紙面がマンネリ化しないことを要望に挙げ「ニュースの発掘に努め、慣例イベントでも視点を変えて記事にする工夫を続けてほしい」と話した。

【週刊経済ワード】アジアインフラ投資銀行(AIIB)
 アジアの発展途上国や新興国のインフラ整備を支援することを目的に、中国が呼び掛けて設立した国際金融機関。中国主導の巨大経済圏構想「一帯一路」を支える役割も担う。東南アジア諸国連合(ASEAN)の各国や英国など57カ国が参加して2015年12月に発足した。先進7カ国(G7)も日米を除く各国が加盟している。
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