NIBフロントライン

半沢鶏卵社長
半沢清彦氏
半沢清彦氏
【インタビュー】
 -業界、自社の現状と、それを踏まえた取り組みは。

 「全国的に養鶏場が大規模化し卵を安く提供するところが出てきているが、小規模養鶏場は価格勝負はできない。付加価値を高め、特徴を持って取り組まないといけない状況にある。当社は卸が8割、自社生産が2割。自社生産の分は付加価値を高めた商品に絞ろうと純国産鶏種にこだわっている。2006年から半熟薫製卵『スモッち』の製造販売を始め、18年には直営店もオープンした。売り上げは相場に左右されるが、自社全体では一昨年、昨年と売り上げ10億を超えるようになった。全体の2割ほどを付加価値の高い部分が占めている」

 -新型コロナウイルスの影響と今後の展開は。

 「スモッち事業に大きく響いた。3~6月は昨年の3、4割ほどのダウンが続いた。人が動かず駅の売店、道の駅の売り上げが減ったほか、百貨店の催事がなくなった。リモートワークで首都圏のオフィス向けも動かなくなった。その中で直営店が力を発揮してくれた。社員や地域貢献のためにも会社は永続することが大きな目的で、そのためにいろいろな事業を打ち出す必要があると考えている。今後は輸出にも力を入れたい。比較的事業が順調なうちに何か新しいことに挑戦しておかないといけない」

 -求める人材と育成法は。

 「素直で、挑戦する姿勢がある人。挑戦すると周囲から反応があり、情報も入りやすくなる。小さな失敗は気にせず、まずはやってみることが大事。人は誰でも可能性がある。それを引き出すのが経営者の務めで、社員を幸せにするということだと思う。いきなり大きなことに取り組むのではなく、小さいことからチャレンジして自信を付けてもらいたい」

 -仕事上で影響を受けた人物は。

 「まずは豊臣秀吉。多くのアイデアでてっぺんまで上り詰めたところに引かれ、小学生の時、『日本一の養鶏場を営む』と作文に書いた。ほかにもいろんな人がいるが、中でも稲盛和夫さんの理念から受けた影響は大きい。会員企業が互いに意見を語り合う場がある県中小企業家同友会でも多くを学んだ」

 ★半沢清彦氏(はんざわ・きよひこ) 専修大経営学部卒業後、半沢鶏卵に入社。専務を経て2005年から社長。天童市出身。62歳。

 ★半沢鶏卵 1960(昭和35)年創業。92年に法人化した。鶏卵の生産、加工、販売を手掛ける。2006年から半熟薫製卵「スモッち」の販売を始める。仕入れ先の養鶏場を受け継ぐなどし、現在は村山、東根、河北の各市町に養鶏場4カ所を持つ。18年、山形市に直営店「いではCOCCO」をオープンした。従業員は約60人。資本金2千万円。本社所在地は天童市高擶北2050。

【私と新聞】関係業界の成功例は刺激に
 半沢清彦社長は普段、山形新聞、経済紙、業界紙を読んでいる。本紙に関しては1面から順序よくページをめくる。見出し、写真に目を通して、興味を引かれたらじっくりと読む。特にお悔やみ欄、地元の情報は欠かさずチェックする。スポーツ欄も県出身者の活躍が詳報されるため目が行くという。

 地域のニュースに関しては知人や自社が取り上げられることもあり、ロータリークラブの会合などで互いに「この間載ってたね」と声を掛け合うこともあるという。印象に残るのは「やはり自社が取り上げられた記事」。

 関係する業界で成功している人を紹介する記事などは参考になり「自分も頑張らなくては」という刺激になっている。

【週刊経済ワード】日銀支店長会議
 日銀の正副総裁や審議委員、支店長らが出席する会議。3カ月ごとに開催する。新型コロナウイルスの感染拡大で今年4月からテレビ会議方式を採用。支店長は、企業からの聞き取りを基に地域経済や金融情勢の動向を報告する。それらをまとめた地域経済報告(さくらリポート)は企業短期経済観測調査(短観)などの経済指標と併せ、金融政策の運営に活用される。
[PR]