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ベア・ロジコ会長
熊沢貞二氏
熊沢貞二氏
【インタビュー】
 -業界の現状は。

 「3月ごろから新型コロナウイルス感染拡大の影響が大きく出始めた。緊急事態宣言が出され、人と物の動きが止まった。自動車関連の部品などで輸送量が減り、本県と首都圏を結ぶ仕事に関わっている会社の中には、前年より20%以上落ち込んだところもあるようだ。一方で農業県の本県は、6月はサクランボ、7月にスイカの出荷があったことから、まだ救われている面もある。インターネット販売に絡む物流など、伸びている分野もみられる。当社としては主立った輸送品が食品関係のため、学校が休校になり、給食がストップするなどした影響を受けた。感染予防のため、社内の体制をつくり変えるのにも時間を要した」

 -トランクルームや介護事業を展開している。

 「自己修練のためかつて青年会議所(JC)に所属しており、いずれもその活動がきっかけとなった。運輸業、倉庫業に携わる人が集まる全国の会議に出席し、商売のネタを話し合うのが楽しかった。トランクルームは『待つのではなく自分たちで仕事を作り出してお客を呼び込もう』との発想の下、県内でもやってみることとした。空調を効かせて家財道具などをしっかり守る仕組み。街なかを含めて想像を上回るニーズがあり、山形市内に設けた拠点も稼働状況がいいので、今後、場所を増やす予定でいる」

 -人材確保の考え方は。

 「どの業界も人手不足の問題を抱えている中、社内の雰囲気や設備の部分など、働きやすい環境づくりが重要だと考えている。私にとってトラックは身近で、いわば乳母車のような存在。幼い頃から乗せてもらっていたが、他社よりも充実した設備だと聞かされ、『うちの会社ならでは』という環境が求められると子どもながらに感じてきた。人を大事にすることが人材確保につながると思っている」

 -影響を受けた人物は。

 「創業者の父親(一芳さん)を挙げたい。戦後の食糧難の時代、東京に米を売るためにトラックを用いたことから今の会社が誕生した。米を東京に持って行った後、何か山形に持ってくることはできないかと奔走した。並大抵ではない努力があったと思う。また、他社とは異なる運送に特化し、畜産関係では牛や豚を運ぶ際、ブレーキをかけたときやカーブで曲がったときに動物同士でぶつかってけがをしない工夫をするなど、試行錯誤していた姿を覚えている」

 ★熊沢貞二氏(くまざわ・ていじ) 帝京大法学部卒業。1979(昭和54)年、ベア・ロジコの前身・小国運送に入社した。1994年に社長に就任し、2011年から会長。昨年8月からは県トラック協会長も務めている。天童市出身。63歳。

 ★ベア・ロジコ 1954(昭和29)年に小国町で会社を設立。71年、天童市の現在地に本社を移転した。主力の運送業をはじめ、押し入れ産業(トランクルーム事業)、福祉・介護専門タクシー事業などを手掛ける。倉庫事業として昨年、冷凍・冷蔵庫施設を完備。本田孝社長、資本金4550万円、従業員約170人。本社は天童市芳賀楯ノ城457の1。

【私と新聞】一覧できる紙面が魅力
 熊沢貞二会長は、毎朝、山形新聞の全てのページに目を通すのが日課となっている。全国的なニュースはもちろん、「県内各地のさまざまな分野の動きが分かる。地域に密着した新聞ならではの良さがある」と話す。

 インターネットによる速報ニュースも重視しているが、一覧性に優れた紙媒体に魅力を感じ、自身が身を置く物流業界の話題や、県トラック協会長を務めていることもあって交通安全関係の話題に注目している。1969(昭和44)年に天童市に営業所を開設したころ、自社を紹介する記事が本紙に掲載され、今でも大切な思い出として保管しているという。

【週刊経済ワード】概算要求
 中央省庁が翌年度に実施したい政策の経費や人件費などの見積額を取りまとめて財務省に提出し、予算を要求すること。例年は8月末までに要求していたが、今年は新型コロナウイルスの感染拡大に伴う作業の遅れを踏まえ、期限を1カ月延長した。財務省と各省庁による折衝で予算を絞り込み、12月下旬に政府予算案を閣議決定する。
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