NIBフロントライン

トヨタライン社長
斎藤和彦氏
斎藤和彦氏
【インタビュー】
 -業界の現状を踏まえ、自社の取り組みは。

 「運送業界はこの10年で大きく変わり、業務もアナログからデジタルへと進化している。だが、人材不足によるドライバーの高齢化や対外的課題の軽油高騰、事故などによるコンプライアンス(法令順守)の強化など中小企業に逆風が吹いている。さらにここに来て新型コロナウイルスの影響は、計り知れないものがある」

 「当社は間もなく創業50年を迎える。冷凍・冷蔵配送を得意とし食肉・農産物、精密機械の輸送や引っ越しを手掛けてきた。コロナ禍においてもお客さまに恵まれ、長い付き合いをさせていただき、良質なサービス提供を心掛けている。経営理念の中には『なくてはならない企業』という言葉がある。常にお客さまにとって何が一番必要なのかを考えている。私自身、本県初の物流経営士を取得し、多様な角度から物事を見極める力につながった。国内のコロナ流行が最初のピークを迎えた4月には1カ所に集約していたトラックを2カ所に分散させた。2営業所体制により社員間の接触を半減し細やかな感染対策を講じた。全ては当社に関わるお客さまや社員、家族、そして地域のためと心得ている」

 -求める人材と育成法は。

 「私は前職で数千人の学生や就職希望者と接触し、面接に当たってきた。当時の目線は『当社に必要な人材か』だったが、今は正反対で、『その人にとって当社は必要な会社か』。大事なのは立派な学歴や知識ではなく、一緒に前に進み、考え抜き、働くパワーがあるかということ。もちろん入社後に仕事ぶりを見ないと分からないが、社員へのアドバイスを心掛けている。安心して働ける職場を目指している」

 -仕事上で影響を受けた人物は。

 「創業者であり父親である斎藤和博会長。幼い頃、働き盛りだった父とはめったに遊べなかったが、いつも柔和な笑顔を浮かべていた。私が地元に戻り、多くを語らない父の隣のデスクに座った時は新鮮で気恥ずかしさも感じたくらい。一番勉強になったのはどんな時も社員一人一人に声を掛け、自然にフォローアップに取り組んでいる姿。また私の意見や方向性には全て協力してくれて反対されたことがない。包容力や人脈は並外れており、知れば知るほど父の背中が遠くなり『同じ山』を登っても追いつかない。今はその山の隣にもう一つ山を作っているイメージで仕事をしている。いつか同じ目線で景色を見られたらと思っている」

 ★斎藤和彦氏(さいとう・かずひこ) 上武大経営情報学部卒。全国展開するコンビニエンスストアの本部でスーパーバイザー、バイヤー、販売促進、マーケティング、人事などを経験。2005年、父が経営するトヨタラインに常務として入社、15年から社長。大石田町出身、村山市在住。47歳。

 ★トヨタライン 1972(昭和47)年、父斎藤和博が一般貨物輸送事業・取扱事業として大石田町に設立。2008年、同町に虹ケ丘営業所を開設。11年に本社を東根市に移転。18年、村山市に山形麺屋殿(しんがり)を開店し、社員食堂や社員寮としても利用。資本金1600万円、従業員40人。本社所在地は東根市宮崎2の2の38。

【私と新聞】視野広がる身近な存在
 「山形新聞は幼い頃からいつも茶の間にあったので身近な存在」と語る斎藤和彦社長。紙面を開くとまず見出しを見て、関心があれば記事を詳しく読むが「見出しを見るのが好き」と笑う。特に、6月に掲載された品目別消費ランキング記事の見出し「ラーメン愛、譲らず ウイスキー、謎の3連覇」は秀逸だったと振り返る。見出しの大きさ、写真や表などのビジュアルから、さまざまな分野の記事に興味が湧き、自分の視野を広げてくれるという。

 新聞は、読んで字のごとく「新しく聞いた話」「新しい知らせ」であり、工夫された一覧性はネットニュースに勝る部分だと感じている。毎朝、山形新聞を読んでから1日がスタートする。「今後も身近な地域の話題を提供してほしい」と期待を寄せる。

【週刊経済ワード】劣後ローン
 一般の貸し出しよりも高い金利収入を得られる代わりに、返済順位が低い貸出債権。融資先が破綻した場合は、負債を全て支払った後に資産が残っていれば返済される。株式に近い性質を持ち、借り手にとっては優先株の発行などと同様に財務基盤の強化につながる。帳簿上は債務に分類されるが、自己資本とみなされる。
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