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本間利雄設計事務所代表
本間弘氏
本間弘氏
【インタビュー】
 -単に建物をつくるのではなく、地域そのものをデザインするような仕事を各地で手掛けてきた。今後の挑戦分野は。

 「施主の求めに応えながらも、物ではなく文化をつくる仕事と捉えてきた。多くの人が共感してくれる価値ある建築を生むこと、少しでも長く生き続けられる建築を創造すること、これが施主、地域、社会のためでもあると信じている。創設者の故・本間利雄所長は『地域を知らなければ、そこに建築はつくれない』と事あるごとに話していた。景観、生態系、地質だけでなく文化、歴史など地域が培ってきた大切なことも、建築を通じて次世代に引き継ぎ、地域の財産をつくるのが建築家の仕事だ。環境をつくる建築は人づくりにまで影響する。その価値を常に時代に問われる仕事でもある。今後は、建築を通じて地域のために何ができるのか、次世代にどんな価値を残せるのかを考えていかなければならない」

 -求める人材は。育てるには何が必要か。

 「感性豊かな人を求める。個人の住宅でも民間企業の敷地に建つ会社でも、通りからは多くの人の目に触れ、まち並みにも関わるため、建築は公器だと思っている。自然、歴史、文化を含めさまざまなことを捉える感性がないと作品を生むことはできない。全ての人から学びを得るためにも、感性のアンテナを磨くことが重要だ。そのためには、あらゆる本物を見て、感動することが大切だとスタッフに話している」

 -最も影響を受けた人物は。その教えは。

 「創業者の本間所長だ。崇高で純粋で熱い理念、思想哲学をしっかり継承していく誓いの意味も込め、2年前に亡くなってからも名前を掲げた社名を変更しなかった。所長も本間所長のままだ。実に多くの教えを受けた中で一つ挙げるとすれば、『信頼』の大切さだろう。施主の依頼は、企業であれば社運を、個人の住宅なら人生を懸けたもの。失敗は許されない。それでいて建築にはこれが正解という答えはなく、施主が求める機能を備えつつ、数十年後に『ここまで考えて設計したのか』と評価してもらえる建築を目指してきた。本間所長が55年間必死になって、施主一人一人から託されたさまざまな課題、期待に応えてきた中で得た信頼が、次の仕事につながっていった。そうして築いた信頼を決して裏切らないことを常に心に留めている」

 ★本間弘氏(ほんま・ひろし) 工学院大大学院修士課程修了。1985(昭和60)年、本間利雄設計事務所入社。山形市総合スポーツセンターや山寺風雅の国などを担当した。本間利雄氏(故人)の長女利枝さん(同)の夫で2018年9月から同事務所代表。寒河江市出身。63歳。

 ★本間利雄設計事務所 1962(昭和37)年に設立。今年5月に開館した「やまぎん県民ホール」(県総合文化芸術館)のほか、山形美術館、東北芸術工科大など、本県を代表するさまざまな建物の建築設計を手掛ける。75年に地域環境計画研究室を併設し、85年にはホンマ・アーキライフを設立した。81年に同研究室が山新3P賞(繁栄賞)を受賞。2015年度には本間設計グループが県産業賞を受賞した。資本金2千万円、従業員30人。本社所在地は山形市小白川町4の13の12。

【私と新聞】地域の今と将来を把握
 山形新聞を読むところから一日が始まるという本間弘代表。経済、政治、国際、地域、生活と多様な情報を一覧でき、社会全体を把握できるところが新聞の良さだと話す。「現代の瞬間瞬間が凝縮されている。限られたページの中、厳選された情報で毎日の紙面が構成されている。その記事から自分が何を読み込めるかが毎日楽しみ」と笑う。

 職業柄、見出しや写真、記事のレイアウト、紙面全体の構成の美しさにもつい目が向く。写真から撮影者の意図を読み解くのも面白い。全ての面に目を通すが、日曜付の読書欄を楽しみにしており、地域の歴史、文化を知る上で地域面の民俗行事、住民活動も見逃せない記事だ。「県内4地域をきめ細かく取材してくれているのが分かる。営業に直結する情報もあり、地域の今と将来の動向を把握できる重要な情報源」と話した。

【週刊経済ワード】新型コロナウイルス感染症対策分科会
 政府が新型コロナ対策の助言を得るため、全閣僚で構成する「新型インフルエンザ等対策閣僚会議」の下に新設した会議体。医学や経済学など幅広い分野の専門家18人で構成し、感染状況やワクチン接種の在り方などを議論する。3密(密閉、密集、密接)対策などを提言してきた専門家会議の後継組織との位置づけで、尾身茂氏ら専門家会議の12人中8人が分科会に名を連ねた。
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