NIBフロントライン

米鶴酒造社長
梅津陽一郎氏
梅津陽一郎氏
【インタビュー】
 -酒造業界の現状は。

 「8年前の3・11(東日本大震災)以前は焼酎やリキュール類に押され、日本酒はかなり低迷していた。その後、震災をきっかけに『東北のものを使おう』という機運が高まったことで、わりと好調に推移してきたが、国内市場はここ2、3年間で少し陰りが見えてきた。一方、輸出については工業製品一辺倒だったものが、農産物なども積極的に海外に送ろうという流れに変わってきた。その品目に日本酒を入れてもらい、国の支援に乗って輸出機会はどんどん増えている状況にある」

 -それを踏まえた自社の取り組みは。

 「海外展開に本腰を入れたのは3年ほど前で、香港とシンガポールへの輸出を強化し始めた。現在は輸出用の酒が全売上高の約2%。今後は中国や台湾、ベトナム辺りにも販路を拡大すると思う。ただ海外ではまだまだ日本酒の認知度が低い。外国人に、日本酒や蔵元についての知識を持たせる努力が必要だろう。地理的表示(GI)保護制度で県産清酒『山形』の指定を受けたことは、酒の名産地・山形を大きくPRできる点で、メリットが大きい。地元農家と連携して酒米を栽培し、それを原料においしい酒を造って商品化する当社の基本的精神は変わらないが、外国人に限らず、日本人に関してもマニアでない初心者が愛飲できる味の表現を大切にし、ファンの裾野を広げるための挑戦を続けていきたい」

 -会社が求める人材は。

 「仕事をする上では、とにかく学び続ける意識を求めている。楽して稼ぐとか、言われたことだけするような姿勢では駄目。社員同士の関係では、目上の人にも後輩にも素直な人がいい。例を挙げると当社のベテラン杜氏(とうじ)は、他の社員の意見を素直に聞き、面白いと思ったら何でもチャレンジするタイプ。その意味では伝統を守るだけでなく、変化にも前向きに対処できるような人を求めたい」

 -仕事上で影響を受けた人物は。

 「人間関係を円滑にする基本を説き、人生観が変わるほどの衝撃を与えてくれた『人を動かす』の著者、米国の作家D・カーネギーだ。社長に就く前後に買って読んだ本で、大学院を修了した私に残る研究者気質を改め、経営者、あるいは商売人として謙虚にさせてくれた一冊だった」

 ★梅津陽一郎氏(うめつ・よういちろう) 東北大大学院理学研究科修了。茨城県や東京都での原子力関係の研究業務を経て2002年、米鶴酒造に入社。07年11月に12代目社長に就任した。10年5月から県酒造組合理事。高畠町出身。49歳。

 ★米鶴酒造 創業は江戸時代の元禄年間(1688~1704年)で、1953(昭和28)年に株式会社化。68(同43)年の全国酒類調味食品品評会で、当時の酒造業界最高峰の賞となるダイヤモンド賞を県内で初めて獲得するなど、国内外の各種品評会、コンテストで数々の受賞歴がある。代表銘柄は「米鶴」。資本金4千万円、社員数20人。本社所在地は高畠町二井宿1076。

【私と新聞】必要な情報得られる源
 梅津陽一郎社長が新聞を読む時間は毎日10~15分程度で、山形新聞と経済紙1紙に目を通す。「地域の情報や、日本酒業界に携わる人間として必要な情報を得られる源は正直、この2紙しか見当たらない」と信頼を寄せている。

 新聞はざっと全ページをめくり、興味を持った記事を精読するスタイルを貫く。本紙に関しては、本欄「NIBフロントライン」や「これぞ老舗~やまがたに息づく」といった連載企画を読み、「著名な経営者たちが考える『根っこ』の部分に、共感することが多い」と語る。おくやみ欄のチェックも欠かさない。

 最近は、企業活動を核にして地域の過疎化に歯止めがかかり、会社所在地である高畠町二井宿地区が元気になる流れにつながればと強く願っている。「(それをかなえるためにも)米鶴酒造の取り組みが記事で広く発信されるように頑張らないと」と、自らに言い聞かせるように話した。

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