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升川建設社長
升川修氏
升川修氏
【インタビュー】
-業界の現状は。

 「建設業は地域や家庭、住民にとって欠かせない業種だ。ただ一時、公共事業自体への批判が高まって重要視されない時期があり、建設業界に入る若者がほとんどいなくなった。さらに、人口減少に伴って実業高校は入学者数が減り、統廃合も進んで建設について学ぶ機会が減った。その影響を受け、業界は深刻な人手不足と職人の高齢化に陥った。だが東日本大震災や熊本地震など全国各地で災害が起き、復旧、復興のため建設業の必要性が見直された。2020年の東京五輪・パラリンピックまでは仕事量が増えるが、その後は減ると言われており、建設業を志望する若者も減っている。その中でどう人材を確保するか頭を悩ませている」

 -求める人材は。

 「建設業は受注産業なので、お客さま第一、良い物を安価に造るとの意識は欠かせない。チームでの仕事が多く、現場周辺の住民の方と接することもあり、コミュニケーション能力も重要になる。現場でこつこつと学び、他人から教わることも大事になる」

 -人材育成にどう取り組んでいるか。

 「経験がベースになる業界なので、技術の伝承が大切になる。わが社は昭和40年代に特別訓練制度を設け、建設業を学びたい若者を全寮制で受け入れ、設計から現場管理、実労働、重機操作まで、現場での全ての仕事を教えた。寮は廃止したが、そこで育てた人材が会社のパワーの源になっている。現幹部はほとんどその卒業生だ。他社に移った人もおり、地域の建設業のためになったと思う。建設業はさまざまな技術が必要となり、現場での経験を通して学ばなければならない。工期は半年~1年程度が多く、現場を一通り経験するまでの5年は勉強期間だ。各種国家資格も必須となるため、資格取得も一つの目標になる。会社としても資格取得を支援している」

 -仕事上で影響を受けた人物は。

 「先人は全て尊敬の対象だ。人の性格を語る上で織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の戦国武将3人がよく挙げられる。かっこいいのは信長、秀吉かもしれないが、信長は明智光秀に謀反を起こされ、秀吉は死亡後すぐに豊臣家が滅亡した。家康は250年以上も続く江戸幕府を開き、3人の中では最も成功を収めた。やはり苦労をした人が最も強い。わが社も華々しく仕事をしてきた訳ではない。苦労の蓄積が現在をつくり、将来も苦労しながら少しでも花開かせたい」

 ★升川修氏(ますかわ・おさむ) 東北大工学部卒。三菱地所に約10年間勤務した後、1977(昭和52)年に入社。1988年に42歳で5代目社長に就任した。山形市出身。72歳。

 ★升川建設 1868(明治元)年創業。県内の総合建設業の草分け的存在として事業展開し、1948(昭和23)年に升川建設を設立。新庄や鶴岡、東京、仙台など県内外に営業拠点があり、現在は土木工事からビルや住宅の建築事業まで幅広く手掛けている。資本金は9千万円。従業員数は約140人。本社所在地は河北町谷地甲1083。

【私と新聞】一面の談話室「勉強になる」
 升川修社長は長年、自宅で山形新聞を購読している。地域の話題から国内外の情勢まで幅広く掲載していると感じるといい、「全体のバランスが良い。山形では山形新聞だけ読めば事足りる」と語る。

 新聞を一枚一枚じっくりとめくり、隅々まで目を通す。一面の談話室は欠かさず読む。「筆者は知識が豊富だ。話題が幅広く、とても勉強になる」とした。長く愛読しているため、紙面構成はすべて把握し、レイアウトはなじみ深いという。

 「山形美術館の収蔵品を紹介する企画を読みたい」と提言する。「県内各地のニュースを深掘りしてもらい、地方版にとどめず、紙面のあちこちにちりばめてほしい」と話した。

【週刊経済ワード】ビッグデータ
 消費者や産業活動が生み出した膨大な情報。検索や購買、病歴、交通系のICカードの利用歴といった個人情報や、工場での機器の稼働状況など多岐にわたる。インターネットを介して情報を集積し、人工知能(AI)で解析することで、天候や交通渋滞、製品の需要予測の精度を高めたり、個人の好みに応じたサービスや効果的な医療、生産性の向上に役立てたりできると期待されている。
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