社説

内密出産の課題 法整備の議論国が主導

 昨年12月、10代の女性が熊本市の慈恵病院で、病院以外には身元を明かさずに出産した。乳児遺棄などにつながる危険がある孤立出産を防ぐため、病院が2年前に始めた独自の「内密出産制度」の利用を希望したものだ。

 病院によると、女性は西日本在住で既に退院。母親に出産を知られたら「縁を切られる」と恐れていた。「ここで産めなかったら一人で産み、捨てていたかもしれない」とも話していたという。典型的な孤立出産だ。まずは母子の安全が確保されたことを肯定的に受け止めたい。

 一時保護の形で同病院が預かる赤ちゃんは、遅くとも2月7日までに乳児院に預けることで熊本市と病院が合意している。その先には出生届や戸籍の編製、養育などを巡ってさまざまな課題が予想される。日本ではまだ法的根拠のない対応だからだ。同様の出産事例が続く可能性がある以上、国が主導して法整備の議論を本格的に進めるべきだろう。

 慈恵病院は2007年、親が育てられない乳幼児を匿名で受け入れる「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)を開設し、20年度までに159人を受け入れた。その中で判明分だけでも孤立出産が半数以上に上ったため、内密出産制度導入に踏み切った。

 病院の新生児相談室長にだけ身元を明かすことを条件に匿名出産を認める。子が出自を知る権利を守るため、母親の情報は病院が保管、子が一定年齢に達して希望すれば閲覧できる仕組みだ。

 14年に法制化されたドイツの内密出産を参考にした。ドイツでは細部まで制度設計されている。例えば内密出産で生まれた子は、母親を仮名のまま出生登録できる。子の閲覧に備えて出自情報を保管するのは行政機関だ。母親は閲覧を拒否できるが、是非が争いになれば家裁が判断する。

 だが日本では、病院が母親の身元を知っていながら伏せて出生届を出した場合に、刑法の公正証書原本不実記載罪に抵触しないのかどうかが、まずはっきりしない。病院側はこの点について熊本地方法務局に質問状を提出、2月中の回答を求めている。他にも、戸籍は編製できるのか、民間が出自情報を管理し子の知る権利を左右することに問題はないのか、といった論点がある。

 内密出産については、与党内で「伝統的な家族観を壊す」といった批判が根強い。「制度化によって安易な妊娠を助長する」という指摘もある。

 一方で、予期しない妊娠であっても女性を孤立させないための対策や、命を守るセーフティーネットは必要だろう。内密出産はその一つの方策といえるのではないか。

 厚生労働省の調査によると、19年度までの17年間で、生後24時間たたずに命を奪われた乳児は165人。医療機関で出産したケースは1例もなく、死因は「窒息」「放置」「絞殺」が判明分の8割近くを占めた。加害者の大半は母親だった。

 孤立出産した女性が途方に暮れ、生まれたばかりの赤ちゃんの口元をふさぐ光景が浮かぶ。

 何の罪もない子の命を守ることが最優先なのは、論をまたない。

(2022/01/29付)
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