社説

土門拳生誕110年 今に生きる「鬼の仕事」

 酒田市出身の写真家土門拳は今年、生誕110年を迎えた。戦後にリアリズム写真を提唱し、数多くのテーマに取り組んで膨大な作品を残した。日本人の心を探求し、妥協を許さぬ姿勢から「写真の鬼」とも呼ばれる。節目の年に人物や業績を見直し、酒田から発信したい。

 同市の土門拳記念館では生誕110年に合わせた企画展「鬼が撮った日本」を9月23日まで開催している。生誕100年の際に土門を取り上げた「別冊太陽」(平凡社)の内容に沿って生涯をたどるものだ。土門の写真作品121点、絵18点、書18点を紹介している。

 写真集「風貌」からは作家の志賀直哉や三島由紀夫、版画家棟方志功ら著名人の肖像写真を展示。土門は撮りたい相手の資料を集めて徹底的に人物像に迫り、撮影現場では詩人高村光太郎が「土門拳のレンズは人や物の底まであばく」と評した執念で撮り続けた。洋画家梅原龍三郎は怒って籐(とう)椅子をアトリエの床にたたきつけたというエピソードが残る。

 「筑豊のこどもたち」は福岡県の閉山した炭鉱を取材し、ざら紙に印刷した100円の廉価な写真集。窮状を社会に訴えて反響を呼び、ベストセラーになった。収録した「母のない姉妹」「弁当を持ってこない子」などを展示している。

 後遺症に苦しむ被爆者たちを取材した写真集「ヒロシマ」からは「胎児で被爆した少年梶山健二君の死」「十三年寝たきりの人」など。生々しい写真は衝撃を与えたが、悲劇を繰り返さないようにと進んでカメラの前に立つ被爆者に、土門は何度も目頭を熱くしながらシャッターを切ったという。

 土門は「日本中の仏像という仏像を撮れば、日本の歴史も、文化も、そして日本人をも理解できると考えたのである」(「仏像巡拝」)と書いている。ライフワークとなった「古寺巡礼」をはじめ日本の伝統美に挑み、大きな業績を残した。企画展では「永遠を生きる仏像」「古寺巡礼の名建築」「室生寺にはじまり、室生寺におわる」といったタイトルごとに見応えのある写真が並ぶ。

 写真家として駆け出しの時代の仕事にも触れることができる。早稲田大政治経済学部の卒業アルバムは、学生たちに溶け込んで私生活をリアルに深く楽しく描写した。お茶の水女子大の前身である東京女子高等師範学校文科の卒業アルバムも手掛け、こちらも展示した。

 土門拳は1909(明治42)年、現在の酒田市相生町で生まれた。幼い頃に一家で東京に移り住み、57(昭和32)年、約40年ぶりに酒田山王祭りの取材で故郷を訪れた。74年には酒田市の名誉市民第1号に。土門は自身の全作品を郷里に贈りたいと語り、記念館は一人の作家をテーマにした世界でも珍しい写真専門の美術館として83年に開館した。

 土門は写真技術と強靱(きょうじん)な精神力、行動力で独自の世界を切り開き、脳出血の病に襲われても撮影を続けた。映像技術が進化した今でも作品の価値が損なわれることはない。レンズを通して現実を直視し、より正しい方向に向けようとした姿勢は、混迷する現代にこそ求められているのではないか。業績を多くの人に知らせる努力を続けたい。

(2019/08/19付)
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