2021年11月29日(月)
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【引退会見】松坂大輔、引退決断はコロナ禍が発端 治療できず症状悪化し「精神的に参った」

引退会見を開いた埼玉西武ライオンズ・松坂大輔投手(C)SEIBU Lions
 “平成の怪物”と呼ばれたプロ野球・埼玉西武ライオンズの松坂大輔投手(41)が19日、埼玉県所沢市内で引退会見を開いた。

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 会見の冒頭で松坂投手は「今シーズンをもちまして、引退することをご報告させていただきます」と発表。「選手は誰しもが長くプレーしたいと思い、こういう日がなるべく来ないことを願っていると思う。うん…。きょうという日が来てほしかったような、来てほしくなかったような…。そんな思いがあった。現時点では、まだスッキリしていない」と心境を語る。きょう最後の先発登板となるが「投げることができて、そこで自分の気持ちもスッキリするのかな。スッキリしたいな」と思いを伝えた。

 7月7日に引退を発表。「続けるのが難しいと思った」と引退の理由を語る。「できるだけ早く、こうして皆さんの前に出て報告できればよかったんですが、7月7日に引退発表があって当初、球団とはすぐに会見を準備してもらう予定だったんですけど、僕自身が発表したものの、なかなか受け入れられなかった」とシーズン終盤まで会見が遅れた理由を語る。「発表しているにも関わらず自分の中で揺れ動いた。ちょっとまってくださいと言って、だいぶ経っちゃった」と現実を直視できなかったそう。ただ「発表してから3ヶ月間、やれそうだなって思った日は一度もなかったですね。できるだけ早く終わらせられたらいいんだろうなと思っていた」としみじみ口にしていた。

 引退の決断した要因は故障だった。「昨年の春先に右手のしびれが出た。その中でも、なんとか投げることはできたけど、コロナ禍の中で緊急事態宣言になる。トレーニングも治療もままならない中で症状が悪化した。できれば手術は受けたくなかったですけど、毎日のように首の痛みやしびれで寝られない。精神的に参ってしまったのもあって手術を決断した。これまで時間をかけてリハビリしましたけど、なかなか症状が改善しなかった」と述懐した。

 暗中模索を続ける中で今季のキャンプがスタート。4月の終わりに打撃投手を務めてから、二軍戦登板も見据えられるようになったタイミングで「ブルペンの投球練習の中でなんの前触れもなく、右打者の頭の方にボールが抜けた。ちょっと抜けたというレベルではなく、とんでもない抜け方をした。たった1球で、僕自身ボールを投げるのが怖くなった。自分の中でショックがすごく大きくて…。松井二軍監督と相談して『ちょっと時間をください』とお願いをした。時間をもらったけど、右手のしびれ、まひも改善しなかったので、これは投げるのは無理だな、と」とした。

 これまで、どんな苦境も乗り越えてきた松坂投手。晩年は故障との戦いばかりで、キャリアの中で褒めたい部分については「諦めの悪さ」だという。その原点を問われると「夏の甲子園のPL学園との試合。あれがあったから最後まで諦めなければ報われる、勝てると。あの試合が諦めの悪さの原点なのかなと思いますね」と口にしていた。

 松坂投手は、横浜高校時代に甲子園を沸かせ、1998年にドラフト1位で西武ライオンズに入団。ボストン・レッドソックスなど米メジャーリーグでプレー後、2015年に帰国後は福岡ソフトバンクホークス、中日ドラゴンズを経て、昨年から古巣の埼玉西武ライオンズに復帰した。今シーズン限りでの現役引退を表明しており、きょう19日に日本ハムファイターズ戦(メットライフドーム)で最後の先発登板を果たす。
公開:2021-10-19 14:21
更新:2021-10-19 14:21
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