『AGANAI』被害者と加害者の対話から感じるものは 

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 1995年、オウム真理教が引き起こした地下鉄サリン事件のとき、わたしは中学3年生。いつもの通学で使う千代田線でとんでもない事件が起きて、学校からタクシーで自宅まで帰ったことを昨日のように覚えています。身近で起きた事件だったからこそ、わたし自身オウム真理教への興味はもともと強く、森達也監督の映画『A』も何度も観ては、オウム真理教に傾倒する人たちの精神状態にとても興味がありました。わたしたちと何ら変わらないはずの人たちが、どうしてオウム真理教に興味を持ち、そして入信したのか。もっと気になるのは、あのような大きな事件が起こってからもなお、オウム真理教の後続団体<Aleph>のひとたちはいまだに故・麻原彰晃を信じ続けているのかということ。

 映画『A』を観たとき、本当に純粋にオウム真理教という宗教を真っ直ぐに信じ続けてきた若者だった広報担当の荒木浩は52歳の中年男性。彼は、今も麻原教祖の言葉を待っていて、「尊師の口から言われていない」ということで今だに混乱し、苦悩している印象を受けました。そんな彼が、実際に被害者であるさかはらと出会い、旅を続け、対話を続けていく中で、荒木は何を感じ、何を思っていたのか。彼の心の中で何か変化はあったのか? 一瞬だけど人間としての荒木を垣間見えた気がした後に、また信者の荒木に戻っていく。それとも、何も変わっていないのか?

 監督のさかはらあつしは、通勤途中でサリン事件の被害に遭い、いまだに神経への後遺症を抱えながら生きています。そんな彼が、事件と、そして荒木と対峙することを決意し、撮影から完成まで5年という月日がかかったそうです。被害者と加害者の対話は、何を生んだのか。映画を観終わった時の、どこにもぶつけようのない虚無感は本当に厳しくて。なんどもフラッシュバックを起こしながら完成させたというさかはら監督の辛さはとても想像できません。多くの命が奪われた、恐ろしい事件が、風化しないようにしていかなければならないと改めて感じた作品でした。★★★★☆(森田真帆)

監督:さかはらあつし

3月20日から全国順次公開

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