『俺と師匠とブルーボーイとストリッパー』桜木紫乃著 自分にしか行けない道を行く者たち 

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 主人公は、20歳の青年「章介」だ。博打にまみれた父が死に、その骨壷を母が、章介の住むボロアパートに置いてどこかへ消えた。北海道の東のはずれにあるキャバレーで、ショータイムの照明係として働く彼は、なすすべもなく、自室の擦り切れた畳の上にそれを置く。右にあるものを左にやろうとか、上にあるものを下におろそうとか、そういう一切を彼はとっくにあきらめている。

 そんな彼が、出会うのである。1ヶ月間の契約でやってきた、3人の旅芸人たちに。ひとりは小柄なマジシャンのおじさん「チャーリー片西」。ひとりは大柄な女装シャンソン歌手「ソコ・シャネル」。ひとりは年齢不詳のストリッパー「フラワーひとみ」。彼らが去る正月までの間、4人は同じ屋根の下で共同生活をすることに。ひとりきりで生きてきた(と自分では思い込んでいる)章介は、でもだんだんと引きずり込まれていくのだ。3つの超個性が醸し出す、遠慮のない、人間臭い、愛情深い毎日に。

 時代設定は昭和の後期だ。彼ら彼女らを取り巻く社会の描写が、はっきりと、ひと時代ぶん、古い。美しく着飾ったシャネルは行く先々で二度見され、ひとみは蕎麦屋で一杯やっていると「女のくせに昼間っから酒飲みやがって」と罵声を浴びる。この座組の性別比率は女性が「1.5人」であると言及されるし、シャネルにウインクされた章介が「食べたものが2センチ逆流」するなんていう描写もある。

 けれどそういった非情に食い殺されない術を、彼ら彼女らは行使する。ありったけの人生経験で、章介の冷え切った心臓に体温を注ぎ込む3人。やがて3人にも3人の人生があり、悲しみがあり、それゆえの優しさがあることが、ひとつひとつ明かされるのだ。

 人生って、誰のものだろうかと思う。もちろん自分自身のものなのだけれど、でもそれを形成しているのは、自分ひとりではまったくない。なぜか自分から「師匠」と名乗るマジシャンの含蓄や、マイクを握ると七色の声で聴衆を魅了するシャネルの豪快さや、ぶっきらぼうな関西弁の下に秘められたひとみの情熱が、章介の中に降り積もっていくのを読み手は見る。

 そして、もちろん、別れが訪れるのだ。

 自分の道は、自分自身にしか歩けない。いつかの誰かに心の中で語りかけながら、人は、自分の道を行く。だから、たまに訪れる連帯がいい。散り散りになった人たちはきっと、それぞれの場所で、全力で生きている。

(KADOKAWA 1600円+税)=小川志津子

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