『ムーンライト・イン』中島京子著 どうしたって幸福になりたい生き物 

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 ひとり旅をする30代中盤の青年と、一軒家を「ハウスシェア」しているワケアリの人々の物語だ。雨に降られた青年が駆け込んだその一軒家には、世代の異なる3人の女性と、その家のオーナー(らしき男性)が住んでいる。彼らの会話ややりとりを通して、女性たちには何らかの秘密があることが、静かに、巧みにほのめかされる。

 「どうやら何らかの秘密を持っているらしい登場人物」ほど、読み手が惹かれるものはない。そしてその、ほのめかしっぷりが絶妙なのだ。女たちが青年に少しずつ心を開いていくにつれて、それぞれの人物の、過去の欠片がちょっとずつ明かされる。それらを、注意深く、重ねていく時間。くーっ!と身をよじりながら、読み手はこの一冊との逢瀬を味わう。

 そこから明かされる彼女たちの事情は、なんというか、彼女たちは何にも悪くないことばかりである。意図的であれ無意識であれ、親類であれ余所者であれ、自分の強権を振りかざすことに何の疑念もない男たちがそこにいて、その「振りかざし」を避けられない場所に、たまたま、彼女たちがいた。

 これは、私たちの物語だ。

 私たちは、人生を賭けて手に入れた自分の居場所が、法律で認められた「血縁」や「家族」からちょっとでも逸脱してしまうと、びっくりするほど無力であることに気付かされる。相手と心を通じあわせたり、「この人はかつての自分だ」「守りたい」と強く念じても、書面上でそれを明示できなければ、そのつながりを確かにすることができない。「共に生きる」っていったい何だろう。自分は誰かと家族のようなつながりを得たのだと、どんなに言葉を尽くしたとしても、1ミリの証しにもならない場面が、人生にはあるのだ。

 幸福って、何? たくさんの子どもに恵まれて、老後の面倒を見てもらうこと? これからの人生を息子や娘に指図してもらえること? それとも、かつて自分が刻んできた傷を、なかったことにしてくれる誰かに恵まれることだろうか。

 わからない。でも、願いはただひとつだ。自分の幸福を生きたい。

 登場人物たちは、「居心地のいい巣」が、永遠に続くことはないのだと知る。そして自分の意志で、次なる「巣」を選びとる。彼ら彼女らが下す選択のひとつひとつに、どうか頼むから、幸多かれと祈るのだ。

(KADOKAWA  1700円+税)=小川志津子

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