『クララとお日さま』カズオ・イシグロ著、土屋政雄訳 AIが映し出す人間の本質 

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 カズオ・イシグロのノーベル賞受賞後第1作「クララとお日さま」が世界同時刊行された。舞台は近未来。語り口が独特だ。幼さと高度な知性を、純粋さと複雑さを、温かさと冷たさを併せ持つ。明るいことを述べていても、どこかに寂しさや悲しみをたたえている。この語りこそが本作の最大の魅力だろう。冒頭から物語に引きずり込まれた。

 主人公は、人工知能(AI)を搭載したロボットのクララ。外見はかわいらしい少女だ。人間の子どもの親友となるべくつくられた「人工親友(AF)」と呼ばれているロボットなのだが、最新のB3型ではなく少々古いB2型。しかし、抜群の観察力と学習意欲がある。見るものを理解し、吸収していく能力が飛び抜けているのだ。

 クララは同じAFのローザといっしょに、店のショーウィンドーに陳列される。AFはお日さまの光から必要な“栄養”をもらう。ショーウィンドーはたくさんの日光を浴びることができるだけでなく、世界を思う存分観察できる場所でもある。そこでクララは運命の人と出会う。ジョジーという名の少女だ。

 ジョジーに選ばれ、彼女の自宅で暮らすことになるが、この家族は深刻な問題を抱えている。ジョジーはひどく病弱で、それは「向上処置」を受けたことに関係があるらしい。シングルマザーである母親は、ジョジーを失うことを恐れているようだ。

 ジョジーの幼なじみのリックは逆に、「向上処置」を受けなかったために、同年代の子どもたちから軽侮の視線を浴びている。リックは才能豊かな少年だが、大学進学の道はほぼ閉ざされている。

 クララはジョジーに献身的な友情を示す。だが、蜜月は長く続かない。友だちになぜB3型のAFを買わなかったのかと聞かれ、ジョジーは「買うべきだったかなって、いま思いはじめたとこ」と答える。クララはショックを受ける。

 しかし、ジョジーの病状が悪化していく中で、クララはある思い切った行動に出る。クララなりの闘いといってもいいかもしれない。信仰心にも似たお日さまへの信頼を背景に、自らを犠牲にしてでもジョジーを助けようとするのだ。

 著者は、クララという人間味あふれるAIを通して、人間の本質とは何かを探っていく。その人をその人たらしめる「何か」とは、その人を取り巻く者たちの心が映し出している。人は人との関係性の中でその人となるのだ。

 描かれるのは、科学技術の発達により格差が広がり、孤立を深めていく人々の姿である。その中で、クララはどこまでも無垢で優しい。

 AIは人間の仕事を奪い、人間の知性を凌駕し、人間の尊厳を脅かすと恐れる人も多い。だが、カズオ・イシグロは、AIによって人間の存在を肯定する。生きることへの讃歌をささやかに歌っている。

(早川書房 2500円+税)=田村文

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