元衆院議員、鹿野道彦氏死去 79歳、農相など歴任

2021/10/23 08:35

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 自民党、民主党の政権で農林水産相などを務めた元衆院議員の鹿野道彦(かの・みちひこ)氏が21日午後8時3分、真性多血症のため山形市内の医療機関で死去した。79歳。自宅は山形市西田4の6の12。葬儀は26日午後1時半から山形市鉄砲町2の21の25、セレモニーホール山形で家族葬として営まれ、一般焼香は同日午前10時から。喪主は九州大准教授の長男雄一(ゆういち)氏。鈴木隆一でん六社長が葬儀委員長を務める。

 鹿野氏は山形市出身で、学習院大卒。1976(昭和51)年の衆院選に自民党から出馬し、初当選。当選11回。「清和会(現細田派)のプリンス」と呼ばれ、47歳で海部内閣の農相に初入閣。宮沢内閣で総務庁長官に就いた。94年に離党して「新党みらい」を立ち上げ、新進党などを経て98年に民主党を結成。民主党政権で2度農相を託された。

 2002年、公共工事の口利き事件で逮捕された元秘書から、事務所秘書らの給与が支払われた問題などの責任を取る形で民主党を一時離れ、翌年に復党。11年の党代表選に立候補し、決選投票で野田佳彦氏の勝利に貢献した。自らのグループ「素交会」を発足させた。民主党が政権を失った12年の衆院選、翌13年の参院選で国政復帰を果たせず、政界を引退した。14年に旭日大綬章を受章した。

 在職中、国鉄改革や政権交代を可能とする政治改革に尽力。農業者戸別所得補償制度の創設などに携わった。

 特に、山形新幹線つばさの開業に情熱を注いだ。新幹線と在来線が相互乗り入れする「新幹線直行特急」方式を日本で初めて採用し、1992年に山形―福島間が開業。山形新幹線はその後、新庄延伸が実現し、本県の企業活動や観光産業の振興の礎となった。

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