地域の宝“鏝絵”、後世に 村山の早坂さん、解体直前の蔵の扉を保存へ

2021/9/21 14:34
鏝絵が施された扉が、解体される蔵から重機を使って取り外された=村山市大淀

 地主や旦那衆の富の象徴として、左官職人がこてを使い仕上げた浮き彫り細工「鏝絵(こてえ)」。村山市大淀の民家で扉に立派な作品が残る蔵が解体される直前だったが、同市楯岡笛田1丁目の早坂悦男さん(83)がこの鏝絵の保存を買って出た。地域の蔵は無人化や老朽化で次々と解体されているが、早坂さんは「保存して後世の人たちに見てもらいたい」と話している。

 県内には旧来、蔵はあったが、明治以降は人が生活ができる座敷蔵が増加。高級志向の地主や旦那衆は蔵の扉に施す鏝絵に価値を見いだし、大正時代から昭和初期にかけて全盛期を迎えたという。鏝絵は近所でも目印となる地域の宝だった一方、人口減少とともにこうした多くの蔵が撤去されている。

 大淀の民家は住んでいた男性が昨年亡くなり無人となったため、この男性の弟の太田正さん(72)=神奈川県平塚市=が実家の取り壊しを決意した。一方、早坂さんは生家が隣で、子どもの時にこの蔵で遊んでいたといい「壊してしまったらもう戻せなくなる」と保存へ一念発起。太田さんも「自宅に持って帰っても置く場所がない。動いてくれた早坂さんに感謝したい」と話す。

えびす様と鯛釣りの鏝絵が描かれた左側の扉
大黒様と大判小判の鏝絵が描かれた右側の扉

 蔵は1901(明治34)年に建てられ、2階の扉には向かって左側にえびす様と鯛(たい)釣り、右側に大黒様と大判小判が描かれている。作者は大石田町の名左官だった故・後藤秀蔵。親子3代で北村山地域を中心に作品を残し、銀山温泉の各所で今も作品を見ることができる。

 保存に向け今月17日、重機を使って蔵の扉を降ろすと、2枚は共に200キロ以上あった。扉は早坂さんが一時預かり、展示などをして広く披露できないか検討している。

 北村山地域研究会の小山義雄顧問(85)は30年ほど前、西郷小校長を務めていた際に学区内の大淀の鏝絵を見学し、手記に「極彩色豊かで精緻な図柄」と記していた。保存されることになったとの報に「金に糸目を付けず作られたものだろう。これからもきれいに残されることはすごいこと」と喜んでいた。

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