紅花再興、懸けた思い 故佐藤八兵衛さん(山形)、来月に記録映像上映会

2021/5/17 08:45
フィルムライブラリーに収蔵されていた社会教育映画「紅花」の16ミリフィルム=山形市

 本県の誇る紅花は世界農業遺産への申請が決まるなど脚光を浴びているが、一時栽培が途絶えた歴史がある。その際に紅花の種を探し歩き、再興の立役者となったのが出羽村(現山形市漆山志村)の生産農家だった佐藤八兵衛さん(1901~89年)だ。当時のことを語る佐藤さんの姿を収めた記録映像が、山形国際ドキュメンタリー映画祭のフィルムライブラリーに残されており、6月に上映会を予定している。

 江戸時代、本県の紅花は全国の生産量の半数以上を占め「最上紅花」として重宝されたが、明治期に入ると安価な輸入物や化学染料に押され急速に衰退。第2次世界大戦の戦況悪化による作付け統制で、栽培は断たれた。

 栽培が途絶えたとされる戦時中も、佐藤さんは「いつかまた栽培できる」と信じ、種保存のためにほそぼそと種まきを続けていた。だが、そうして保存していた種も1947(昭和22)年、ネズミに食べられてしまう。そこで、翌年から種を探し求めて農家を訪ね歩き49年、ついに干布村(現天童市)の農家でいろり上の火棚にあった種を見つける。種を譲り受け、まいたところ3本のみ発芽し、うち2本が育って種をつなぐことに成功した。

 記録映像には、この時のことを淡々と語る佐藤さんが収められている。映像は社会教育映画が企画製作した「紅花」で、70年代に撮影・製作されたものと思われる。市民有志が現在、紅花を題材にしたドキュメンタリー映画の製作に取り組んでおり、そのことを知った佐藤さんの孫・工藤智子(のりこ)さん(73)=山形市円応寺町=が資料になればと、実家にあった「紅花」の映像について情報提供した。映画の製作委員会メンバーが調べたところ、山形市もかつてこの16ミリフィルムを購入しており、フィルムライブラリーに収蔵されていることが分かった。

 出羽地区の農家は紅花生産が激減した明治期から、伊勢神宮の式年遷宮や昭和天皇即位式の際に、紅餅を納める役割を担ってきた。工藤さんは「そのことが誇りとなり、役割に応えなくてはという思いが強かったのではないか」と、種を探しつないだ祖父の思いを推察する。花屋(現在の出羽園)を始めるほど純粋に花が大好きで人に教えることも好きだったという佐藤さん。「紅花の美しさや変化の不思議さに魅了され、大切なものを守ろうとした。そんな人たちの関わりがあって紅花が残ってきたことを忘れないでほしい」と話した。

 「紅花」は、製作中の映画「紅花の守人(もりびと)」の栽培編映像と合わせ来月、市民向けに上映される予定。「紅花の守人」は今秋完成を目指している。

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