「出羽国の庶民剣士」今に 平川さん(仙台)が解説本

2021/4/8 23:00
高畠町のすご腕剣士を題材にした解説本「出羽国の庶民剣士」を手にする平川新名誉教授=仙台市

 江戸後期、出羽国置賜郡の小郡山村(現高畠町)にすご腕の剣士がいた。武田軍太(ぐんた)という名の農民で、約500人の門下生を抱え、新流派を創設した。家業の傍ら剣術で身を立てた自叙伝を基に、東北大名誉教授の平川新さん(70)=仙台市=が解説本「出羽国の庶民剣士」として書き下ろした。軍太の活躍もさることながら、武士ではなく庶民の剣士が全国に多数存在していたという史実を説き明かし、目からうろこが落ちるような内容だ。

 士農工商の身分制が厳しい江戸時代、剣術は武士の特権と解釈されてきた。しかし、平川さんは「開国への道」(2008年、小学館)で、新選組は近藤勇、前身の浪士組は清河八郎(現庄内町出身)の両リーダーをはじめメンバーの多くが庶民だったことを明らかにした。

 各地の庶民剣士や庶民道場探しを重ねる中で、高畠町の旧家に保管された武田軍太の自叙伝「武元(ぶげん)流剣術実録」にたどり着いた。

 軍太は諸国を巡る武者修行者と対戦を重ねて技を磨いた。置賜郡や村山郡の庶民だけでなく武士も門下生とし、47歳で「武元流」を興した。「実録」では対戦の様子、流派立ち上げの心境も克明に記す。自らを「山中の山猿」と謙遜するが、全国の「道場破り」が訪ねてくるほど軍太の名は知れ渡っていたらしい。対戦者には庶民も多く、日本における庶民剣士の実態を示す第一級の史料という。

 本書では、なぜ農民が剣術家になれたのかという疑問から論を展開。幕末の刊行物によると、約630人を数える名剣士の9割超が農民だったとされ、平川さんいわく「武士より剣術の腕前が上だった庶民剣士が多数存在したことは、江戸時代の歴史イメージを大きく変える」。

 軍太のように、藩士たちが農民を師範として仰ぎ指導を受けていた構図を踏まえ、「江戸時代は『強固な身分制』の時代という理解自体を問い直すべき」と指摘する。

 本書は非売品。東北大付属図書館ウェブサイトの「機関リポジトリTOUR」で検索すれば、閲覧・ダウンロードできる。

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