30年ほど前、クモの糸がキラキラと空を漂う置賜地方で見られる現象「雪迎え」を、矢口さんが取材したのが出会いのきっかけだ。矢口さんは、クモ博士や歌人として知られた錦さんの父・三郎さんの著書を参考にした。疑問があると三郎さんに電話をかけ、作品を描き上げたという。しかし、出版社による創刊の見合わせで、作品が世に出るまで数年を要した。その年に三郎さんが亡くなり、矢口さんは自宅を訪れ霊前に本をささげた。「ほんとに義理堅い人。仕事も人付き合いも一切手抜きしない」と錦さんは振り返る。
高畠町高安地区で猟犬として飼われていた高安(こうやす)犬の物語「北へ帰る」では、矢口さんに頼まれて吹き出しの言葉を置賜弁に“翻訳”する仕事を引き受けた。2006年には大江町で発見された「ヤマガタダイカイギュウ」の化石を取材したいと案内役を頼まれた。
この時、矢口さんと南陽市赤湯で、酒を酌み交わした。その後のやりとりが印象に残る。ダイカイギュウの取材を思い返し「次々にストーリーが浮かんで眠れなかった」とうれしそうだった。「面白い自然現象があればどこへでも行く人。山形には引きつけるものが多かったんだろうな」と思いを巡らせた。
横手市で開催中の矢口さんの画業50周年記念展を見に行き、つい2週間ほど前、その感想を手紙につづり送っていた。「いつもすぐに返事をくれる、矢口さんらしくないなと気になっていた」と錦さん。「ふるさとを描く、詩情あふれる矢口さんの自然画が大好きだ」と惜しんだ。
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