わいわい子育て

やまがた“親”物語

山形交響楽団音楽監督飯森範親さんの父・三星さん(上)

2013年4月9日掲載

 著名な人物の親たちに子育てのツボを聞く「やまがた“親”物語」。今回は、山形交響楽団音楽監督の飯森範親さん(49)の父三星(みほし)さん(76)=神奈川県葉山町=にインタビューした。「食と温泉の国のオーケストラ」のキャッチコピーを掲げ、意欲的な改革を次々と成し遂げて山響を一躍全国から注目される存在へと押し上げたマエストロの功績は、県民のよく知るところ。国内外で活躍する指揮者は、どのようにして育まれたのか。2回に分けて紹介する。

飯森範親さんの父三星さん。後方の浜辺で、子ども時代の範親さんとよくキャッチボールをした=神奈川県葉山町
飯森範親さんの父三星さん。後方の浜辺で、子ども時代の範親さんとよくキャッチボールをした=神奈川県葉山町

 「1歳の誕生日を迎える前に、両親に連れられて日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会を聴いたこともあります。コンサートの間、僕は気持ちよさそうにずっと眠っていたそうです」(「マエストロ、それはムリですよ…」より範親さんのコメント)

 -ご両親も音楽を?

 三星 私や妻が家の中でピアノを弾いている、といったことは残念ながらなかった。どちらかといえば範親のそばで一生懸命演歌を聴いていた(笑)。私はずっと広告代理店勤務。レコード会社を担当していた営業職時代に、仕事上での必要もあるし、嫌いじゃないから、テレビの歌謡番組をよく見ていた。クラシックもすごく好き。ただ、クラシックならどんな曲でもというわけではなく、本当にいいもの、名曲は好き。ジャズにウエスタン、民謡とほかにもジャンルを問わず何でも聞く。専業主婦だった妻は「世が世なら、童謡歌手になっていた」なんて言っていたことがあったように、音楽好き。でも、二人とも音楽の専門教育を受けたことはない。それが良かった気がする。なまじっか音楽に詳しかったら子どもに「そんなことやっちゃ駄目だ」「どこの音大に行け」などと口出ししてしまったかもしれない。親が音楽について全く知識がないから「やりたいようにやればいい」と言えた。

 -音楽一家で育ったのかと思っていたが。

 三星 強いて言えば、プロではないのだけれど、私の父は京都大の学生時代からバイオリンやチェロを弾いていた。かつて葉山で一緒に暮らしていた時には、横浜や横須賀のアマチュアオーケストラに入り、まだ幼い範親の寝ている家で、練習していたなあ。そんな環境が影響していたかもしれない。作曲家のいずみたくは、私のはとこ。彼はもともとクラシックをやりたかった人で「死ぬ前に絶対に交響曲と協奏曲を1曲ずつ書くから、初演は範親が指揮をやってくれ」とよくそんな話をしていた。その夢はかなわないまま亡くなってしまったが。

 -兄弟は?

 三星 範親の2歳下に弟の理信(みちのぶ)がいる。米国の大学に進学して以来、ずっと向こうで暮らしていて帰ってこない。今は音楽大学で教えている。

 -弟さんも音楽家。

 三星 そう。どこでどうなっちゃったのか、不思議なくらいいろんな楽器を演奏できる。津軽三味線でも琴でも、糸さえ張っていれば何でも弾いちゃうようなところがある。大学ではオーボエを専攻していたけど、クラリネットやサクソホンやほかの管楽器も吹くから、重宝がられてあちこちで演奏することもあるみたい。楽器の修理だって自分でやる。範親もそんな弟に一目置いているようだよ。

 -二人とも音楽の才能を開花させた。

 三星 だからといって、わが家の子育てには「英才教育」の「え」の字もなかった。ただ子どもが「やりたい」と言ったことはとにかくやらせてみた。人間はどこにどんな才能があるか分からない。やってみて、自分に向いてないと思えば途中で辞めるだろうし。辞めたとしても「どうして続けないのか」「なぜ辞めたのか」とは聞かない。子どもの思いに任せていた。

 「3歳からピアノを始めました。ピアノに触り始めた直後から、屋根に当たる雨音に反応して、それに合わせて鍵盤を叩いていたようです」(同)

 -範親さんがピアノを習い始めたきっかけは?

 三星 いとこがピアノを弾いているのを見て「僕もやりたい」と母親に言ったらしい。近所の先生を探して、1週間に1回ぐらい通っていたのかなと思う。

 -音楽以外にも熱心に取り組んだことがある?

 三星 マージャン。夏には私の会社の同僚や後輩が海に遊びに来て、わが家に泊まっていくことがよくあった。夜は決まってマージャン。小学生だった範親は、大人相手に負けるとものすごく悔しがった。「どうしてあの場面であの牌(はい)を打ったんだろう」と徹底して敗因を研究するから、どんどん強くなる。大学時代には太刀打ちできる人がいなかったらしい。弟も誘われてマージャンをやることはあるが、勝っても負けても淡々としたもの。強くもならないのだけど、それも気にしていないようだった。

 「オーケストラの指揮者には、研ぎ澄まされた集中力や、一度に多くのことを理解して瞬時に行動することが要求されます。僕の場合、それがマージャンで養われた部分が大きいんです。(中略)父は、小学生の僕に盲牌をさせたんですよ。4枚ずつ取って手元に並べる時に、父が『開けるなよ』と言って、牌を全部伏せられるんです。『見ずに並べて、見ずに打て』って。(中略)そうなると、とにかくあらゆることを憶えていなくちゃいけないでしょ。自分のことだけじゃなくて、相手が何をやっているのか見なくちゃいけない。そういう訓練をされましたね。まあ、父は訓練のつもりじゃなくて、単に面白がってただけでしょうけど」(同)

 -広告代理店に勤め、多忙な毎日。子どもたちと接する時間はあまりなかったのでは?

 三星 夜中まで東京の会社で仕事をして、葉山町の自宅に帰る。2、3時間寝たら、またすぐ出掛ける生活。小学生だった範親が母親に「このままじゃパパ死んじゃうよ。僕が社長に言ってあげるよ」と言ったこともあった。それでも、休日、疲れているから昼まで寝る、ということは一切しなかった。「疲れているんだから静かにしろ」なんて言っていたら、子どもはだんだん離れてしまうでしょう。休日は平日よりも早起き。「勉強ばかりしている必要はない」という考え方だったから、子どもたちと一緒に近くの海岸でキャッチボールをしたり、いろんなところに連れ出していましたよ。

メモいいもり・のりちか

1963年神奈川県生まれ。桐朋学園大指揮科卒業後、ドイツ留学。2004年山形交響楽団常任指揮者に就任し、07年から音楽監督。東京交響楽団正指揮者、いずみシンフォニエッタ大阪常任指揮者、ビュルテンベルク・フィルハーモニー管弦楽団(ドイツ)首席客演指揮者などを務めている。06年度芸術選奨文部科学大臣新人賞、08年山新3P賞(平和賞)、11年斎藤茂吉文化賞など受賞歴多数。

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