ほこりやちりのないクリーンな製造環境の中、モニターに映し出された拡大画像を見ながら針の位置や角度などを精密に調整する。黒で統一された生産ライン「プレミアム・プロダクション・ライン(PPL)」。カシオウオッチの最上級モデルの最終工程は従業員の研ぎ澄まされた感性に委ねられる。先端技術を駆使しながら精巧に加工。厳格に精度を追求する組み立て技術はまさに熟練の技だ。
東根市の山形カシオはカシオ計算機の国内唯一の生産拠点。グループのものづくりの核となるこのマザー工場では「オシアナス」をはじめ、「Gショック」「プロトレック」の最上級モデルを生産する。デジタル技術を駆使した高機能アナログの時計づくりはカシオブランドの技術の結晶ともいえる。
パーツとなる成形部品の金型の設計・製作から組み立てまでの一貫生産を展開。オートメーション化されたラインでは時計の心臓部でもある高機能ムーブメント(動力機構)が次々と生産されていく。
■熟練者の手で
上から見ると「G」を模した形のPPLでは拡大レンズやハイテク設備を用いる熟練者の手によって製品が組み上がる。ITや自動化を駆使した生産ラインに職人技の要素を加えたものづくり。山形カシオの佐藤清志社長(59)は強調する。「先端技術と匠(たくみ)の技の融合により品質の信頼性を体現する。これこそが『山形製』の付加価値だ」。
カシオは10年ほど前に時計づくりを「多機能デジタル」から「高機能アナログ」に転換。ともすると、時計の針を逆戻りさせるような戦略にも映るが、針は時刻だけでなく、デジタル技術を用いたムーブメントにより方位や高度なども示す。「時計を使う喜びを体感してもらう狙いがある」と佐藤社長。またアナログ式の世界市場はデジタル式を圧倒する規模。打って出るべき市場でもあったといえる。
最上級モデルはブランドの「顔」。製造工程ではより緻密な加工技術が求められる。熟練工の感性が必要とされる領域だからこそ、独自の技能認定制度を設けて人材育成にも力を入れる。PPLでの組み立て作業に従事できるのは「マイスター」「プラチナ」「ゴールド」のメダルを獲得した技能認定者のみ。現在は16人の女性がメダリストとしてカシオブランドを支えている。
山形カシオは時計と電卓の生産を皮切りに、電子楽器やデジタルカメラ、携帯電話など、数々のカシオ製品を手掛けてきた。その多くは海外生産にシフト。蓄積した技術は中国やタイの生産工場に移植され、現在も同社から30人ほどが海外工場に赴き、製造技術支援に携わる。マザー工場はカシオの標準を築き、グループの生産力を高めるという役割も担う。
■新たな価値観
その一方で新たな価値観の創出を掲げ、独自製品の開発にも取り組む。2013年には水中用無線機「ロゴシーズ」を商品化。デジタル処理により水中でのノイズを低減することで聞き取りやすい音声を実現し、スキューバダイビングで気軽に会話が楽しめるようにした商品だ。
骨伝導方式を採用し、空気を供給するレギュレーターをくわえたままでも会話を可能にした。得意の防水技術に加え、携帯電話や無線通信で培った伝送技術など、蓄積した山形カシオのテクノロジーが生きている。
佐藤社長は「『ヤマガタ』にものづくりの価値観を創出することがグループの力になる」と語る。こだわるのはものづくり力の追求。体現する「山形製」へのプライドがメーカーブランドを支え続けている。
(ものづくり取材班)
【山形カシオ】 1979(昭和54)年設立。80年に操業開始し電卓と時計を生産。現在は腕時計のほか、「自撮り」に特化した中国向けのデジタルカメラ、水銀を使わずにレーザーと発光ダイオード(LED)を用いたハイブリッド光源技術のプロジェクターなどを手掛ける。資本金15億円。従業員は2015年4月現在700人。
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