異変-生態系クライシス

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第1部・気候変動(2) アオモリトドマツ(上)

2023/1/5 20:00

 蔵王連峰の特異な自然環境によって生み出される樹氷。アオモリトドマツが雪と氷をまとった姿は「アイスモンスター」とも呼ばれ、地元をはじめ国内外の観光客を魅了してきた。この時期はまだ着氷が弱いが、2月にかけて成長を続け、雄大な姿を現す。

 樹氷は世界でも希少な現象だが、1950年代初めまでは北海道から長野県の広い範囲で確認することができた。それが徐々に消えゆき、今や東北の一部に限られるようになった。

 背景にあるのは地球温暖化だ。山形大蔵王樹氷火山総合研究所副所長の柳沢文孝同大名誉教授(66)は「樹氷は温暖化問題の象徴」と強調する。蔵王でも気温の上昇とともに分布域は縮小し、形成期間も短くなった。「気温があと1度上昇したら、樹氷はなくなってしまうかもしれない」と警鐘を鳴らす。

 樹氷を取り巻く状況は「ゆでガエル」の寓話(ぐうわ)と重なる。カエルを熱い湯に入れると飛び出すが、徐々に温度を上げていくとゆだるまで気付かない。気候変動による影響はゆっくりと表面化し、気付いたときには既に樹氷に危機が迫っていた。

昭和初期に撮影されたとみられる蔵王の樹氷(柳沢文孝名誉教授提供)

 往時の樹氷を収めた2枚の写真はがきがある。昭和初期に撮影されたとみられ、セピア色の冬の蔵王に人の背丈をはるかに超える樹氷群が空に向かって伸びている。樹氷に関する資料を数多く保管する柳沢文孝山形大名誉教授は、はがきを眺めながら「昔のように樹氷を見ることは難しくなった」と指摘した。

 蔵王の樹氷はアオモリトドマツに氷点下でも凍らない「過冷却水滴」がぶつかって凍り付いたり、着雪したりして出来上がる。氷点下10~15度の環境下にあることが条件の一つだが、地球温暖化により蔵王の環境は変化しつつある。

 柳沢名誉教授の調査で、山形市街地の冬場の平均気温は1900年ごろから100年間で2~3度ほど上昇したことが分かった。2000年以降の12~3月の平均気温は1~2度前後で推移。蔵王の気温が平地より10度程度低いことを踏まえると、氷点下10度に届かず、樹氷が育つ環境の維持が難しくなりつつあることがうかがえる。

 現に1940年代には標高1300メートル以上で樹氷が確認できたが、今では1600メートル以上に限られるようになった。姿形が昔に比べ小さくなったという指摘もある。「今の環境はぎりぎりの状態。樹氷を守るには温暖化を止めるほかない」と対策の必要性を訴える。

多くが枯死木でできた今季の樹氷と比べると、大きさに違いがあるように感じられる

 温暖化は地球規模の問題であると同時に、身近な場所で静かに進行している。柳沢名誉教授は樹氷を「目に見える環境変化の指標」と位置付け、「樹氷の現実を知り、一人一人が問題意識を持って何ができるか考えてほしい」と訴える。

 樹氷にとって目に見えない脅威は気候変動だけではない。1990年代から2010年ごろまで、石炭の燃えかすなどに含まれる微小粒子状物質「PM2.5」が大陸から飛来し、大気汚染に見舞われた。汚染物質を含んだ雪が溶けて土壌は酸性化が進んだ。その結果、アオモリトドマツは樹勢が弱まり、現在の枯死被害につながる虫の食害にさらされることになった。

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