夢は映画監督。環境問題なんて興味なかった。ただ、あの授業を受けて以来、考えが少し変わった。頭の片隅にいつもあること。「家畜の増加が、最終的に環境破壊や野生動物の減少につながってしまうということ」―。人間の都合じゃないか。おのずと行動が変わり、食べる肉の量が減った。
小国高2年の高橋陸さん(16)の心境の変化を導いたのは、同校の早坂真央教諭(29)が手掛けた家庭科の授業。全国に5人しかいないSDGs(国連の持続可能な開発目標)に絡む文部科学省プロジェクトの2020年度「先生レポーター」の1人で、外部講師を招いた授業を数多く手掛けた。
早坂教諭は、生徒の気持ちや行動にちょっとした変化を促す自らの授業を「種まき」と表現する。「全員とは言えないけれど、授業内容を家庭で話題にしてくれたり、教えたことが日常会話の中で自然に出るようになったり、授業が生徒の行動や判断のきっかけになっている」―。いくつもの小さな芽吹きに、幸せとやりがいを実感する日々だ。
小国高の早坂真央教諭(29)が、SDGs(国連の持続可能な開発目標)に関連する授業に取り組むきっかけとなったのは、写真共有アプリ「インスタグラム」。生徒たちにとっては堂々と生きているかのように見える大人でさえ、日々手探りで歩んでいるありのままの姿を見てもらおうと、社会問題や環境問題について発信し始めた。教え子たちや大人たちとの意見交換はもちろん、全国の小中学生や高校生、大学生にまで交流の輪が広がった。
■届けたい声
インスタグラムでつながった人たちの問題意識は高かった。特に環境活動家、谷口たかひささんとの出会いは大きかった。講演も聴きに行き、「この豊かな生活は次世代の資源を奪って成り立っている」という言葉が胸に突き刺さった。
一方で、地球環境維持のために自分たちができることについて発信し続ける東京在住の女子高生にも心を揺さぶられた。テレビ局の前でプラカードを持ち、気候変動危機について報道してもらうよう呼び掛ける姿に、「明るい未来を想像できるはずの高校生にこんなことを言わせたくない。自分を含めた大人たちは何をやっているのだろう」との思いが芽生えた。
もうそこからは走るだけだ。走りながら考えた。それまでの教員生活では取り組んだことのない授業を計画した。国内の一線で活躍している人や小国町内で画期的な取り組みを行っている人の声を、生徒たちに届けたかった。新型コロナウイルス禍でビデオ会議アプリ「Zoom」が身近になったことも手伝い、講師が次々と決まった。
最初は講師の派遣で文部科学省のサポートが得られる「先生レポーター」としての授業1回を含め、2回ほどの予定だったが、年度内に外部講師を招聘(しょうへい)しての授業は7回を数えた。環境問題を中心に海洋プラスチックごみ問題や選挙を含めた自由と権利、ごみと持続可能な地域づくり、自然エネルギーに省エネ住宅の見学会など、テーマは多岐にわたった。外部講師の講話の後はワークショップを行い、学びを深めた。
■大きな経験
同校2年の井上美緒さん(16)は「本当に気付かなくてはいけなかったことに気付けた授業で有意義だった。家族に授業のことを話したこともあり、ちょっとずつではあるが、生活も変わってきた」と振り返る。日々の考え方が変わる生徒がポツリ、ポツリと出始めた。
今回の授業は早坂教諭にとって、これからの教員人生をも左右する大きな経験、蓄積になった。子どもたちの意識の変化や気付きが、今後の人生の中で何かを考えたり行動したりする際の選択肢の一つになると信じている。過去や今の自分がそうだったように。
「生徒たちは持続可能な社会の創り手。学び感じたことがさらに次の世代の幸せにつながる」。山あいの小規模校での小さな芽吹きの連続は、大きな変化を導く可能性を秘めている。
◇SDGs 「Sustainable Development Goals」(持続可能な開発目標)の略称で、2015年の国連サミットで採択された。17の目標を掲げ、30年までの達成を目指している。日本政府は推進本部を設置し、取り組みを加速させている。
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