妹を抱えて逃げていれば、死なせずにすんだかもしれない

真室川町 松沢きみえさん

 松沢さんは10人家族で、真室川飛行場近くで暮らしていた。1945年8月、米グラマン機が来襲し、機銃掃射と爆撃を行った。町には高射砲や戦闘機は配備されておらず、「パイロットがガムをかんでいた」のが見えるほど、米軍機は低い高度で縦横無尽に飛び回った。家族は一斉に逃げ出し、松沢さんを追い掛けるように銃撃してきた。家は炎に包まれ、焼け跡からは祖父と妹2人の遺体が見つかった。生き残ったのは4人だった。

(2003年8月13日付朝刊、当時77歳)

2020/8/13 08:15
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