自衛以上の戦力はいらない

山形市 後藤三八太さん

 後藤さんは1940年陸軍に入隊、満州の第22対空無線隊で助教官を務め、モールス信号などを指導した。講義を受ける兵士の中には、特攻の任務を負った隊員もいた。終戦で帰国の途に就いた列車がソ連軍の襲撃を受け、シベリアに抑留された。森林の伐採や道路の建設、荷物の運搬など過酷な労働に耐えた。49年9月に帰国。全国抑留者補償協議会の県連合会山形支部事務局長として抑留者の不遇を訴え、国に賠償を求めた。

(2013年8月15日付朝刊、当時93歳)

2020/8/10 09:25
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