けがをしていなければ、その後の総攻撃で戦死していた

戸沢村 清水新吾さん

 清水さんは21歳で兵役に就いた。満州から転戦し、山形県出身の「霞城連隊」の生え抜き下士官として第32連隊歩兵第1大隊に配属、沖縄で戦った。1945年4月、本島南部の小波津(こはづ)で焼夷(しょうい)弾を受け上半身などにやけどを負い、野戦病院に担ぎ込まれた。部隊はその後、棚原高地で米軍に総攻撃を仕掛け、多くの兵士が命を落とした。日本の防衛ラインは後退し、復帰命令を受けた清水さんは投降するまで、洞窟内で持久戦を行った。

(2011年8月11日付朝刊、当時92歳)

2020/7/29 09:50
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戦後75年、言葉を刻む
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