あと1日戦闘が続けば、今ここにはいなかった

鶴岡市 神林共弥さん

 神林さんは1939年、満蒙開拓青少年義勇隊として満州に渡った。大豆などを栽培しながら中国東北部を転々としたが、45年陸軍に召集された。東北部・琿春市の最前線で侵攻するソ連軍と対峙(たいじ)し、45年8月15日も終戦を知らされずに戦い続けた。翌日、停戦命令が下った。シベリア抑留から生還したのは48年。全国抑留者補償協議会の会長を務め、抑留者への補償を求めた訴訟の原告団長として尽力、シベリア特措法へとつながった。

(2010年8月15日付朝刊、当時85歳)

2020/7/23 09:48
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戦後75年、言葉を刻む
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