腹ばいになって目を閉じ耳を押さえ、口は少し開けておけ

山形市 庄司君子さん

 庄司さんの家族は、祖父の代に明治村(現山形市)からサイパンに渡り、サトウキビ生産農場を営んでいた。1944年6月に空襲が始まった。無数の爆弾が投下され、上陸した車両からの機銃掃射、艦砲射撃が襲ってきた。裏山の鍾乳洞に逃げ込み、父に言われた通りの態勢で身を潜めた。鍾乳洞に吹き込む爆風で体が浮き上がり、眼球や内臓が飛び出しそうに感じ、金属音のような耳鳴りが続いた。乳飲み子の妹はこの時に亡くなった。

(2015年8月11日付朝刊、当時79歳)

2020/7/10 08:19
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