疎開生活で、国や時代に翻弄(ほんろう)される「個」をまざまざと見せつけられてきた

映画監督 佐藤純弥さん

 「男たちの大和/YAMATO」に登場する少年兵は、現代にあてはめれば高校生。佐藤さんが鶴岡市で過ごした年代と重なる。戦争末期の空襲を避けるため、1944年祖父を頼って同市に疎開、玉音放送は鶴岡中学校(現鶴岡南高)で聴いた。疎開時代に、国家総動員態勢の中での個人の葛藤を描くことに興味を抱いた。戦争の本当の姿、真実を伝えなければならないと思い続け、戦争映画を多く手掛けた。

(2008年8月15日付、当時75歳)

2020/6/22 08:08
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戦後75年、言葉を刻む
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