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やまがた観光復興元年

第10部・全国とどう戦うか[4] 由布院に学ぶ(下)

2014/12/23 16:52
由布院温泉には次々と後継者が帰ってきている。玉の湯も溝口薫平会長(左)から長女の桑野和泉社長にバトンが引き継がれた=大分県・玉の湯

 「次世代に誇れる故郷を残したい」と地域づくりを進めた由布院温泉(大分県)には、後継者が次々と帰ってきた。まちづくりをけん引した玉の湯の溝口薫平会長(81)や亀の井別荘の中谷健太郎会長(80)の子どもたちもそうだ。玉の湯は東京の大学に進学した長女桑野和泉さん(50)が20代で経営に加わり、39歳だった2003年に社長に就任した。

 若くしてトップを交代した理由を、溝口会長は「失敗しても私が元気でいれば思い切りやれるでしょ」と言って笑った。和泉さんは県単位の観光協会に当たるツーリズムおおいたの初代会長など県や国の役職を歴任し、現在は由布院温泉観光協会長。人脈は全国に広がり、地域づくりにも汗を流す。「以前は和泉が『溝口さんの娘さん』と言われていたが、今は私が『桑野さんのお父さん』と言われる」と溝口会長は目を細める。

 中谷会長の長男太郎さん(47)も福岡県で小売業を経験し、12年から経営に参加。昨年社長に就いた。まずは亀の井別荘をしっかり引き継ぐことを主軸に日々駆け回っている。

 溝口会長も中谷会長も30歳前後で旅館経営と地域づくりの中核になった。同世代の若者がそろったことが、由布院を全国トップブランドに成長させる原動力になった。その時と同じようなことが繰り返され、今がある。溝口会長、中谷会長には今も全国から幅広い分野の人々が訪ねてくる。その人脈が継承され、次世代の人脈が加わることが、由布院の強みになっている。

土産物・飲食店が並ぶ湯の坪街道。由布院温泉への外国人観光客が急増している=大分県

 亀の井別荘社長の中谷太郎さん(47)は、自然と景観を守ってきた親世代の活動を「木の一本一本を、大地に生えたその通りに大切にしてきた」と理解する。「それはお客さま一人一人と向き合うのと同じこと。どなたでもそのまま優しく迎え、くつろげる場にしたい」。ありたいと思う旅館と目指す地域の姿が重なる。

 由布院温泉観光協会長で玉の湯社長の桑野和泉さん(50)は静けさと緑、人と出会える空間が由布院にとって一番大事だと思っている。お客さまを迎える視点からも、暮らす視点からもだ。「この盆地で四季を見ていれば、何が美しく、何が必要・不要か、どのようなスケールがふさわしいかはおのずと分かる」

 地域づくりの歩みをつづった雑誌「花水樹」の創刊号(1970年)に、亀の井別荘の中谷健太郎会長(80)はこう記している。「わたしたちが子どもに残してやることのできる唯一のものは、この町の落ちついた、節度ある美しさだ」。100年後の姿を意識し、時間を掛けてまちづくりに取り組んできた。思いは次世代に受け継がれている。

■外国人客が急増

 由布院にも変化の波は押し寄せている。外国人観光客の急増だ。土産物・飲食店が並ぶ湯の坪街道を歩くと多様な言語が飛び交う。

 和泉さんは「日本の良さ」がある地方に世界から来てもらうには、由布院や大分県より広いエリアとして魅力を見せていかなければならないと感じている。「これまでは競い合っていた。九州が良かったと思っていただくには、それぞれの個性を鑑みて『引き算』をしながら、トータルで価値を上げる必要がある」

 例えば3泊4日の旅行。どこでも料理を目いっぱい出したら、観光客は疲れてしまう。ここはブランド牛、ここは景観、ここは出会いの空間と各地で多彩な魅力を味わえる方がいい。一人勝ちを目指さず互いの長所を尊重して成長した由布院がやってきたことを、広いエリアに拡大する考えでいる。高い人気を保つJR九州の豪華寝台列車「ななつ星」も同様の視点に立つ。

■「いるのは仲間」

 山形県観光の課題として時に指摘されるのが、地域内、地域間連携の弱さだ。「隣の旅館、施設、地域と競争している場合ではない」「出るくいを打つのではなく、成功したところと協力し、みんなで客の流れを大きくしたらいい」との声も聞かれる。「地域の中にライバルはいない。いるのは仲間だけ」とする由布院は、県全体、九州全体の連携を視野に、次のステージへと進もうとしている。

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