山形にフル規格新幹線を

克服(1)「諦めの心」 「求めない」でいいの?

2017/1/5 10:18
イザベラ・バードが「東洋のアルカディア」と評した本県。舟運によってもたらされた文化が背景にあった=南陽市の十分一山から

 東北、北海道、北陸、九州の各新幹線が基本計画に位置付けられた1972(昭和47)年から遅れること、わずか1年。本県を沿線とする奥羽、羽越両新幹線や、リニア中央新幹線などの路線が基本計画に盛り込まれた。「昭和47年組」が次々と開業する中、「昭和48年組」で着工したのはリニアのみ。ほとんどの路線は着工のめどすら立っていない。

 日本は本格的な人口減少社会に突入した。内需は縮小し、政府はインバウンド(海外からの旅行)促進による交流人口拡大に活路を見いだそうとしている。一方、硬直化した国の財政事情は国債抑制へと働いている。人口減少で日本全体の活力が低下する中、巨額の投資を伴うフル規格新幹線の整備促進は一層不透明になり、地方への資本投下の可能性はしぼんでいる。

 本県の県民性を説明する際、勤勉、実直、我慢強さ、粘り強さといった言葉がよく使われる。声高に要求することを良しとしない美徳感覚がある。だが、人口が減り、国が膨大な借金を抱える現状を鑑み「フル規格新幹線は実現しないから」と諦めの気持ちを抱いたままでいいのだろうか。

 民俗学を専攻する東北文教大短期大学部総合文化学科特任教授の菊地和博氏は「半年近く雪にうずもれ、濁りの多い方言という言葉のコンプレックスが、発信しないという負の要素を生み出しているのではないか」と解説する。裏を返せば、寡黙で従順な県民性。物を言う気質の西日本に気おされがちだ。

 菊地氏は、本県を含む東北地方の歴史的背景にも言及する。東北地方は3度、中央に敗れてきた。1度目は大和朝廷による蝦夷(えみし)平定、2度目は大名統制を図った豊臣秀吉による奥州仕置、そして3度目は明治維新での敗北。こうした敗北の歴史と気候風土に育まれた気質、さらに、あすの糧にも困る―という状況に陥らない食の豊かさが県民性の背景にあると見ている。

 本県が繁栄を極めた時代として、江戸時代が挙げられる。県土を流れる最上川が開発され、物資輸送ルートとして確立された。最上川舟運と北前船は紅花、高級衣料の原料・青苧(あおそ)を運び、同時に、流域に雛文化をもたらした。井原西鶴は著書「日本永代蔵」で「西の堺、東の酒田」と繁栄ぶりを表現した。

 「山形県の中山間地は畑作で豊かだった。紅花と青苧が山形の経済を支え、葉タバコやコメ、ろうそくの原料となる漆の実もその一翼を担った」と菊地氏。紅花で盛んだった河北町谷地に当時日本一の雛市が立ち、物資だけではなく、多くの文化的価値も最上川を往来した。最上川舟運、北前船という交通革命が本県に多大な恩恵をもたらした。「舟運文化を抜きに、現在の山形県を語ることはできない」と話す。

 英国の女性旅行家イザベラ・バードは明治期、本県を「東洋のアルカディア(桃源郷)」と形容した。「美しさ、勤勉、安楽さに満ちた魅惑的な地域である」とも評している。イザベラ・バードが見た光景は、舟運文化による繁栄が背景にあると言えるだろう。

 牛馬による陸送はコストが大きく、大量輸送とコスト削減を可能にした舟運は、持つ側と持たざる側との経済格差を広げていたという。時代は下り、太平洋側を軸にしたフル規格新幹線や高速道路網の整備促進で、物流の時間的格差が大きくなっている。本県もその恩恵下に入れば「出羽三山をはじめとする精神文化、食の豊かさ、最上川に育まれた文化的景観を多くの人が再認識し、再発見するだろう」と菊地氏は語る。(「山形にフル規格新幹線を」取材班)

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