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【没後20年・生誕90年】早稲田大教授高橋敏夫(下) 「生き続ける作家」

2017年12月21日
 戦争嫌い、熱狂嫌い、流行嫌い。

 この三つの言葉は、「藤沢周平 負を生きる物語」を書き下ろすとき、「これで、しばらく、生きていける」という言葉に少し遅れてあらわれ、書くわたしを最後までひっぱってくれた言葉である。「嫌う」主体は藤沢周平だったが、わたしのようでもあった。

 書き始める頃、アメリカで9・11同時多発テロがあり、「新しい戦争」へのやみくもな熱狂が世界中を包み込もうとしていた。書き終わった少し後には、大量破壊兵器保有という誤った口実のもと、イラク戦争が始まった。分断と排外、差別と憎悪がはてしなく連鎖し一向に収まる気配のない、今に続く混沌とした時代の始まりである。

 2007年になって、わたしは、集英社が企画する全20巻の「戦争と文学」全集の編集委員となった。それから5年以上、ほぼ毎週のように、作家の浅田次郎、奥泉光、歴史学者の成田龍一、評論家の川村湊と、全体の方向性および収録する作品を議論しあった。

 9・11後の新たな戦争文学の巻、「戦争」の続く沖縄の文学の巻などを担当することになったが、もう1巻わたしは、歴史時代小説作家だけの「戦争」の巻をつくりたかった。いろいろな事情から断念せざるをえなかったものの、この企画からわたしは、歴史時代小説作家にも戦後派作家が存在するのをいっそう確信するようになった。

 戦後派作家という言葉は一般に、野間宏、埴谷雄高、武田泰淳、大岡昇平、大西巨人、安部公房らを指す。アジア太平洋戦争を含む「十五年戦争」への深甚な反省を個々の流儀で行い、戦後に書き始めた作品の中でこそ、戦争への抗(あらが)いの姿勢を貫いた作家たちである。しかし、戦後派作家は純文学系にとどまらない。大衆文学しかも戦争と最も遠いとおもわれる歴史時代小説にも、当然、戦後派作家はいた。

 18の年に敗戦を迎えた1927(昭和2)年生まれ組で、敬慕しあった藤沢周平、結城昌治、吉村昭、城山三郎がそうだった。「われわれの世代には、権威とか権力的なものはもうこりごりという気持ちがあるでしょう。藤沢さんにも、そういう部分がありましたね」と、城山は吉村との対談で指摘し、特に藤沢にその気持ちが際立ったと述べている。

 藤沢周平は、「『美徳』の敬遠」「今年の夏」他のエッセーで、戦争との関わりへの深刻な反省が自分を、戦争嫌いはもとより、社会の熱狂を嫌い、生活の中の流行を嫌うにまで向かわせたと書いている。

 こうした藤沢周平によってこそ、英雄と豪傑のいない、一人ひとりがかけがえのない生を営み、ともに生きる人びとを慈しむ、そんな水平的で平和な社会が、市井ものと武家ものの独特に融合した時代小説で描かれた。

 多くの読者の中で、時代小説ブームの中で生き続ける藤沢周平は、分断と憎悪に戦争の熱狂が重なろうとしている今、数少ない希望の一つ、といってよい。

(神奈川県)
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