渡辺えりの ちょっとブレーク

(205)よみがえる情熱

2022/6/30 09:37

 現在、30日が初日の舞台「私の恋人 beyond」の稽古中だ。2019年の初演時は時間がなく、細かな検証ができずにいた箇所を話し合って作り変えるなど、大変だが充実した日々を過ごしている。あれから3年、のんちゃんは中性的な魅力のある大人になり、小日向文世さんはさらに伸びやかでかつ繊細な演技をしている。私は5月に父を亡くし、くるぶしの剥離(はくり)骨折もあり、どこかもうろうとしながらも食欲は落ちない。

 19年、思い出深い旧県民会館が閉館する前にステージに立てたことが今でも胸に刻まれている。同級生たちと過ごせたことも大きな喜びとなっている。

 今年は東京に加え、小日向さんの故郷・北海道を中心に愛知、岩手、青森の3県で公演する。近隣にご親戚やご友人がおられましたら、お知らせいただければ幸いです。

 そんな中、稽古を1日休みにさせていただき、10月のオフィス3〇〇(さんじゅうまる)公演「ぼくらが非情の大河をくだる時」の出演者オーディションを行った。10人の募集に70人の応募があり、19~70歳の新人からベテランまでが集まった。せりふ回しや踊りを見て面接をしたが、個性的でやる気のある人が多く、選考に時間がかかっている。

 面接中、コロナ禍で生の舞台に立つ機会を奪われた若者たちが涙を流し、思い詰めた表情で語る様子にこちらももらい泣きしてしまう。本当にこの3年間は演劇人にとって苦難の日々だ。

 本県出身の初々しい若者の瞳に、自分が上京したてだった頃の情熱がよみがえり、逆に勇気づけられたオーディションとなった。昨年、渡辺えり事務所を立ち上げて再スタートを切った67歳の私の演出を受けたいと願う熱心な役者たちが多くいたという事実にも大いに勇気づけられた。

 故・清水邦夫さんの「ぼくらが非情の大河をくだる時」は、清水さんが1972(昭和47)年に発表した戯曲で、私が山形西高の2年生の時だったと思う。七日町の八文字屋で1冊だけ売っていた演劇の専門誌「テアトロ」に掲載されており、買おうと思ったら同じ演劇部の「オタケ」に先に買われてしまい、借りてすべて書き写した作品だった。後に本人にお会いした時、その私の手書きの原稿用紙にサインしてもらった。何度も繰り返して読み、号泣した戯曲を10月に演出できることになった。

 初演は石橋蓮司さんと蟹江敬三さんが演じた。2人とも映画やテレビで何度か共演し、素晴らしい時を過ごさせていただいた。

 連合赤軍による「あさま山荘事件」などの後に左翼の活動を総括し、新しい時代に向けて自分たちの行動を検証するために書き上げたとされるこの作品。理想の社会を作るために自己犠牲を強いられ、精神が崩壊していく中での純粋な意志と残酷な理念のせめぎ合いが描かれている。狂った息子を愛し、憎む父親と兄の葛藤もすさまじい。母ちゃんは眉をひそめ、父ちゃんは「面白い」と言ってくれそうな、かつてのアンダーグラウンドの作品が、「日本赤軍」の重信房子元最高幹部が出所した年に新しくよみがえる。この作品の稽古は9月から始まる。山形からのお手伝いも歓迎いたします。

(俳優・劇作家、山形市出身)

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