(202)反戦、できることから~渡辺えりの ちょっとブレーク|山形新聞

渡辺えりの ちょっとブレーク

(202)反戦、できることから

2022/3/30 12:58

 なぜ戦争を止められないのだろう。SNSの時代となり、今起きている映像をそのまま見られるようになった。イラク戦争やパレスチナへの爆撃の時は、情報操作されてほとんど見ることができなかった。イラクで一時、拘束された高遠菜穂子さんが現地で撮影した映像を見る会に参加した時、痛ましい映像に絶句した。その後、私の家にいらしてくださり、パレスチナの医者と栄養士が命からがら日本に来て講演した内容や状況を説明してくれた時の衝撃も忘れられない。ミャンマーなども含め世界各地で紛争は現在進行形だ。どうしたら止められるのか?

 小学生の頃、母に「日本は平和憲法があるから戦争は絶対にしないんだよ」と聞かされて安心したことがあった。だが、インターネットを通して身近になった世界の人々の苦悩や残虐な行為に対し、どんな行動をとればいいのか? 自分なりにできることを考えなければならない。

 ベトナム戦争は長く続いた。数人のお坊さんたちが反戦を唱え、焼身自殺をした映像が今も生々しく記憶に残る。あそこまでして全世界に反戦を訴える切迫感と衝撃。戦争はいつもさまざまな犠牲を生む。

 山形で反戦の歌を作った。タイトルは「ヒマワリの種をポケットに」。ウクライナの女性がロシア兵に対し、あなたが死んだ時にヒマワリの花が咲くようにと、ポケットにヒマワリの種を入れるよう訴えたというニュースをインターネットで知ったからだ。ヒマワリはウクライナの国花だという。山形市のフォーラム山形でも急きょ、ソフィア・ローレン主演の「ひまわり」をチャリティー上映した。ウクライナが旧ソ連だった時の「ひまわり」は究極の反戦映画ともいえる。

 私が作った歌詞に世界的アコーディオン奏者のcobaさんが曲を書いてくださった。cobaさんには、ウクライナにたくさんの音楽仲間がいる。私が送った翌日には曲が届いた。自分でできることから始めたい。憲法記念日に一緒にライブをすることも決めた。その名も「アバンギャルド」。私たちがくじけてはならない。

 中学校の恩師原田ふみ子先生が突然亡くなってしまった。私が創作ダンスに目覚めたのはこの先生のおかげだった。

 小学校の時は跳び箱を飛べず、逆上がりもできず体育はいつも2。それが中学に入ると、同じく跳び箱もマット運動もできない私に原田先生が5をくださった。創作ダンスの振り付けを評価してくれたからだった。先生は体育館の柱の陰から、私が毎朝早くから倒立の練習を一生懸命しているのを見ており、通信簿の評価に加えてくださった。

 先生は、ダンスの曲にザ・タイガースの「光ある世界」を選んでも顔をしかめることはなかった。男性なのに髪が長いというだけで不良とののしられ、退学になった時代に、私たちの前衛的な発想を認めてくれたのだ。男子の長髪は反戦のを意味する。兵士たちは5分刈りで、短髪は軍国主義の象徴だった。私が今でも男子の長髪が好きなのは、その時の反戦反軍国主義から抜けられないからだ。

 中学1年の学芸会で私の書いた戯曲を上演した時には毎日見守り助言し、大いに楽しんでくださった。先生の大きな笑い声が今も聞こえる。悪いことをすると真剣に怒り、努力したり、少しでも上達したりすると大いに褒めてくれた。私が東京で演劇を始め、山形で上演する時には必ず来てくれて、褒めてくださった。

 今も劇中にコンテンポラリーダンスを取り入れ、創作して振り付けているのは中学時代にあったダンスの授業のおかげだ。冒険を恐れず、アバンギャルドに生きる土台を作ってくださった原田先生のご冥福をお祈りします。

(俳優・劇作家、山形市出身)

[PR]
[PR]