渡辺えりの ちょっとブレーク

(200)“宝物”を再認識

2022/1/31 12:50

 皆さま新しい年をどんなふうにお過ごしですか?

 私は4日から舞台の稽古が再開され、5日には67歳の誕生日を迎えた。子供の頃は誕生日が冬休み中で、友人たちに祝ってもらえなかった。昔は正月は店が閉まっていたので、母親が買っておいたクリスマスの売れ残りのケーキを出してくれたことを思い出した。母親は元旦が誕生日なのでさらに気の毒だった。「明けましておめでとう」と正月のあいさつに紛れ、しかも暮れから働きづめで、年越しそばや雑煮、おせち料理を作り、家族や元日にあいさつに来てくれる親戚たちを歓待していたのだから。

 どうして何も手伝わなかったんだろう? 67歳の今、最も後悔し反省している事の一つだ。家族全員で母を手伝い、正月は母が何もせずにゆっくりできるようにしたかった。

 母は家事育児の他に編み機で内職もしていたし、私が上京してからは検察庁で事務のパートもしていた。本当に働きづめだった。

 今、92歳の母は介護施設で車いすの生活。今こそ会話したいと思ってもかなわない。認知症が進んでしまったからだ。

 昨年12月4、5の両日、山形市の東ソーアリーナのコンサートで10年前にがんで亡くなってしまった親友・中井由美子さんが好きだった歌を歌った。彼女にささげる新曲を歌わせてもらったが、その後、思わぬ贈り物があったのだ。

 暮れに91歳になった由美子さんのお母さまからお礼の電話があった。

 最初は東京で行われる舞台の稽古帰りのタクシーの中で受け取ったので、声がよく聴きとれず、いたずら電話かと思ったほどだった。翌日改めて着信のあった電話にかけてみると、「由美子の母です」とはっきりおっしゃった。

 「じゅりこちゃん、由美子のために歌ってくれてありがとう」。こうおっしやった。涙が止まらなかった。介護施設にいるお母さんに携帯電話を贈っているお孫さんもすごいし、電話をかけてくれるお母さんもすごい。本当にうれしい贈り物だった。由美子さんの誕生日は1月13日。一緒に年を取って思い出話に花を咲かせたかった。

 現在、本番中の「有頂天作家」も女性の親友が21年ぶりに再会し、友情を確かめ合う話。

 「本当の友達っていうのは20年くらい離れていても何でもないんだ。こればっかりはこれまで生きてみないと決して分からないものなんだ」というせりふがある。

 私は由美子さんのことを思い浮かべ、いつも泣いてしまう。

 山形の小中高の同級生たちも、離れていても会えばすぐに時間を飛び越えて大笑いできる。矛盾だらけの大人の世界の価値観ではなく、損得勘定のない純粋な人間関係の少年時代の交流は何物にも代えがたい宝物なのかもしれないと、この頃思う。昨年から整理を続けている両親からの手紙にも改めて励まされ、健康で今も舞台に立っていることに、山形の皆さんに感謝したいと心から思う2022年の1月です。

(俳優・劇作家、山形市出身)

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