渡辺えりの ちょっとブレーク

(189)生の舞台、山形でも必ず

2021/2/27 14:32

 いま、京都の南座で「喜劇お染与太郎珍道中」の本番中である。

 先月も書いたが、20歳の娘役で、振り袖を着ての出演。それも最初から最後まで20歳である。当初は、66歳での初めての振り袖も役者でしか経験できないことだと喜んでいた。

 小学2年の時に出た初めての学芸会では「犬のお母さん」役。5年の謝恩会ではおばあさん役。6年の時は「宝島」のトムのお母さん役。東京に出て、初めて商業演劇に出演した時も、八千草薫さんのばあや役。八千草さんは私の母と同じ年である。「おしん」でも80歳まで演じて、おしん役の田中裕子さんをいじめ、年配時代のおしん役の乙羽信子さんに謝るという設定。つまり、子供の頃からずっとずっと老け役を続けてきたのだ。

 変化したのは50歳を過ぎてから。テレビで「100の資格を持つ女」というドラマに主演した頃から、実年齢より若い役を演じるようになった。どんどん下がっていき、66歳の誕生日を迎えた今年、20歳の娘役となってしまった。

 実際に演じてみると、振り袖の処理、鬘(かつら)、帯と所作が難しい。そして動き回るのには不自由にできている。不自由で辛(つら)い姿勢の方が美しい、という日本古来の思想も入っているのかもしれない。大店のお嬢さまというのは、昔は全部人にやってもらっていたのだろう。自分からは活発に動けない状態になっている。中国の纏足(てんそく)と一緒じゃないのか?と気が付いた。

 令和のいま演じるのだから、台本を新しく書き直して、女性も生き生きと活躍できる本にすれば良いと思うのだが、50年前の昔の台本そのままなので、男尊女卑の設定のまま。複雑な心境で千秋楽を迎える。お客さまは大喜びで、可愛(かわい)かった、20歳に見えたなどと、喜んでくださっているので、とにかく頑張ってコロナ禍、全員無事で幕をおろしたい。

 東京の新橋演舞場にも京都の南座にも、心の底から芝居を観たいと思うお客さまがいらしてくださった。客席は半分以下に潰(つぶ)し、花道近くには全くお客さまを入れずに上演している。

 スタッフが毎回消毒し、会話禁止。お客さまとの面会も、差し入れも禁止。会食も禁止。という厳しい状態のまま、喜劇を上演している。

 打ち上げも、みんなと乾杯もできずに上演を続けてきた。何と孤独な作業なんだろう。けれど喜んでいただけるお客さまのために頑張ると決めた。コロナ禍で5本の芝居を作ったことになる。

 去年の2月から約1年間。コロナは私たちの生活を一変させた。鬱(うつ)になってしまう自分の心を保つことができたのも、演劇を作り続ける情熱とお客さまの応援だ。そして、コロナ禍でお金がなくなり、生活できずにいる演劇人たちを何とか支えられないのか?と団結した劇作家協会での仕事。やはり人は一人では生きていけない。誰かの役に立ちたい、誰かのために頑張りたいと思う心が、人を生かすことができる。つくづく思った期間になった。私が演劇を続けてきたのは、人の喜ぶ顔が観(み)たいからなのだ。

 両親が介護施設にいて全く会えず、親が喜ぶ顔が見たいから出演するようになった商業演劇なので、親が観られないならやる必要はないのでは?と思いつめたこともあったが、コロナ禍だからこそ、生の舞台を上演する意味があると思い直した。

 スタッフ、キャストが諦めずに毎日頑張っている。山形の皆さんにお会いできる日が来るのを心から祈っています。皆さん体に気を付けてください。必ず山形で生の舞台をお届けします。

(女優・劇作家、山形市出身)

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