渡辺えりの ちょっとブレーク

(188)冷たい世の中、もう嫌だ

2021/1/30 15:24

 こんなにも故郷山形が恋しいなんて。

 新幹線で毎月帰れると思っていた故郷に自由に帰れない日がこようとは…。18歳で東京に出て来てから50年近く経って初めての経験である。

 若いころはアルバイトで忙しく、しかもお金もなくて帰るに帰れない日々もあった。電車で13時間もかけて帰ったこともあったし、お盆の帰省に人が溢(あふ)れ、通路に立ちっぱなしでトイレにも行けずに帰ったこともあった。

 新幹線で3時間以内の近さになり、60歳を過ぎたら山形に居を移し、東京に通おうか?とも考えていた矢先のことである。

 1月、2月の寒い雪の日などは特に山形が恋しい。弟とかまくらを作って、中で蜜柑(みかん)を食べたり寝転がったりした日々。雪合戦に興じた日々。初詣に雪で滑って転んだ思い出などなど。家族や友人たちの笑顔とともに甦(よみがえ)ってくる。

 現在、東京・新橋演舞場で2月1日から上演される「喜劇お染与太郎珍道中」の稽古の追い込みである。

 コロナ禍、全員マスクをかけ、消毒して、時間差で集まり、密にならないように気を付けながらの不自由な稽古である。喜劇なのに全員と会えない稽古、その上、表情も見えない。しかし、こういう時期だからこそ、お客さまに笑顔が生まれるようにしたい。と、スタッフ、キャストが一丸となって頑張っている。西岡徳馬さんと石井愃一さんは75歳。若々しい機敏な動きで笑わせてくださる。太川陽介さんも63歳には見えない。複雑な立ち回りのシーンでも弱音を吐くこともなく、余裕の表情。私が上京する前から活躍している皆さんで、私が舞台芸術学院の学生だった頃に勉強のためと拝見した舞台に出演していた方々なのである。

 私も今年の1月5日で66歳。この年になってこういう方々と共演し、しかも振り袖姿の25歳の役を演じることになるとは。しかも、昔からの友人の宇梶剛士さんに「恋しい恋しい重三郎さま」などと思いを伝えるシーンまである。ちょっとでも素に戻って笑ってしまったら、ぶち壊しになってしまう。なんとも複雑な思いで毎日稽古に励んでいるのだ。初演は京塚昌子さんと三木のり平さんが演じられ、50年ぶりの再演とのこと。時代を超えてほのぼのと笑って泣ける芝居にしたい。

 1月24日に安住紳一郎さんのラジオ生番組に出演して思い出した。24日はザ・タイガースの解散コンサートが日本武道館で行われた日だった。あれからちょうど50年。そのコンサートの様子を放映したのがフジテレビで、当時の山形は、山形放送、山形テレビとNHKしかなく、友人たちと署名を集めて山形放送に直接持って行き、のちに放映されたことを思い出した。

 中学生は生のコンサートに行ったら停学になる時代だった。仕事で取材を受けていても、ザ・タイガースも、ソノシートと呼ばれたレコードがあったことも誰も知らない時代になった。チョコレートをたくさん買って応募して、もらったザ・タイガースのソノシートの話などをしても、みんなぽかんとしている。

 動画投稿サイト「ユーチューブ」などの映像で過去の作品や歌番組などなんでも見られる時代に、生の舞台だけはほとんど映像が残っていないのも残念だ。コロナ禍、自分が苦労してやり続けてきた仕事はなんだったのか?と落ち込む日々もあるが、人々が生きる勇気を得るための力を支えてきた部分は確かにあるという自負もある。が、知らない人は全く知らない世界でもあるのだ。

 正直に、質素に、コツコツと働き続けてきた両親に恥じない生き方をしていかなければ、との思いを新たにした。合理的・物質的なものを追い求めるのではない。心の交流や情感といった目には見えないけれど人が生きていくために必要な部分を大切にし、感情の変化や機微を受け止められる強くて優しい愛情深い大人にならなければと、コロナの時代に決意したのだった。冷たい世の中はもう嫌だ。

(女優・劇作家、山形市出身)

[PR]
[PR]