渡辺えりの ちょっとブレーク

(10)劇団5周年の新作

2005/10/18 18:19

 私の主宰する劇団宇宙堂の新作「風回廊」の幕が上がった。東京、長野、山梨、埼玉と4カ所の公演である。

 今回の客演陣は、世界で活躍するアコーディオニストのcobaさんと、舞踏集団「大駱駝艦」のメンバー6人。そして川原亜矢子さんらで、普段は演劇界にはなかなか登場しない稀有(けう)なメンバーたちである。

 宇宙堂の旗揚げ5周年を記念して、今までにない「夢」のステージをつくろうと必死の毎日である。初日は17日で、23日まで世田谷パブリックシアターでの公演になる。

 風はこの地球に酸素が生まれたころから吹いている。つまり人の生まれるよりもずっと以前、気の遠くなるほどの昔から吹いているのである。そして風は、熱さ寒さを攪拌(かくはん)し、地球がつねに生物が住めるくらいにちょうどいい温度に保つ役割をしてくれ、花粉を運び、命が生まれる手助けをしてくれているのである。人類が生まれてから今日までを見守り続けながら吹いている風は、連綿と生き死にを繰り返してきた人々の記憶を運んでくれているようにも思えてくる。

 今回の「風回廊」は、そんな死者たちの記憶が風によって運ばれ、現実を生き抜くために古里を忘れ、自分の過去の生活を忘れていた人たちがたいせつなものを思い出していくというストーリーになっている。

 今日本は、勝つための道からそれたものは敗者にすぎないような単純な物の考え方が主流になってしまった。勝つためには正義も義理人情も思いやりも必要ないといった風潮になっているようで怖い気がする。お隣さんと助け合って、小さい共同体の中で持ちつ持たれつやっていた昔が、私は懐かしいし、面白かった。人それぞれに考え方が違い、幸せの価値観も人によって違うことを、昔の方がお互い分かっていたように思えるのだ。

 戦争は二度と繰り返したくないし、地方の住民が都会の人たちの犠牲になるのも、もうごめんであると思っている。今までの歴史を見ても、有事の際にいつも犠牲になるのは弱者たちで、貧しい者、辺境の者、子供や老人たちなのである。今回の選挙の結果、この先日本がどこに向かっていくのか、何か恐ろしい気がしている。地方はどうなるのか? 農業はどうなるのか? 大都会の勝ち組中心の社会になってしまうのは嫌である。田舎の風を送り込んで、精神の豊かな、人と人とが助け合い、お互いの痛みを思いやれるような心にゆとりのある社会をつくり出して生きたいものだという祈りを込めた作品にしたいと思っている。

 人はこの大自然の一部である。都会に住んでいるとそのことを忘れがちだ。風の通り道をふさいでしまえば、さまざまなものは腐り、生き物の思考も停止してしまう。温暖化も異常気象も人類の傲慢(ごうまん)さが生んだ産物のように思えてくる。日本人の一番懐かしい風景は小さい山の前の家と田んぼだというが、その懐かしい古里とともによみがえる温かい人々の情愛を、いつまでもたいせつにしたい。その思いを台詞(せりふ)だけではなく、音楽と舞踏も合わせた感性のセッションで伝えたい。

(劇作家・女優、山形市出身)

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