(76)放射能ストレス~渡辺えりの ちょっとブレーク|山形新聞

渡辺えりの ちょっとブレーク

(76)放射能ストレス

2011/6/28 16:51

 いよいよ26年ぶりの再演となる「ゲゲゲのげ-逢魔が時に揺れるブランコ」の稽古が始まった。昨年5月にオーディションした若者たちと劇団員の計30人での稽古である。7月1日からは客演の方々も参加しての本稽古が始まる。仙台出身のシンガー・ソングライターでミュージカル俳優の中川晃教さんが鬼太郎役で出演する。稽古する前にみんなを集めて話したのは、この大震災で亡くなられた方たちや、遺族の方たちの思いを忘れてはならないということ。中には演劇をやりたかった方たちもいるかもしれない。そして今、被災地では演劇をやれる状況ではない。今、この状況の中で演劇をやれることの幸せを考えてなくてはならないということである。

 私は山形の出身だ。原発事故と津波のことを考えない日はないし、芝居をやめてすぐにでもボランティアに出かけなくてはいけないのではないか?と常に自問自答している。毎日が苦しいのだ。先日もまた山形市総合スポーツセンターに寄らせていただいたが、今月いっぱいで避難所は閉鎖されるそうだ。仮設のアパートに移る方、旅館に行く方、そして南相馬に戻る方たちとに分かれるそうである。

 しかし、年配の女性は「放射能汚染が分かっているのに幼い孫を連れて戻るのは本当は嫌だ。山形に残りたい」とおっしゃっていた。南相馬市の工場などに勤めている方たちは、生活のために現地で働くしかない。国が避難するよう決めた場所では引っ越しのお金は出るが、そうでない場所は自主避難になってしまうため、経済的なことを考えると戻るしかないという。

 6月5日に福島市に出かけ、お子さんたちの被曝(ひばく)を心配する主婦の方たちにお会いしてきた。鼻血や下痢の続くお子さんたちが現れたというニュースを見て本当かどうか確かめたいと思ったからだ。

 3カ月下痢が止まらないお母さんや、お子さんたちが鼻血を出したというお母さんとお父さんの話を聞いてきた。しかし、医者に行っても放射能との関係は立証することができない。私が話を聞いたのは福島駅のすぐ近くの喫茶店だが、交差点の地面はなんと6.6マイクロシーベルトもあった。そこで一般の方たちがみんなマスクもつけず、しゃがんで話し込んだりしているのである。

 政府が避難を決めていない福島市や郡山市で、放射線量の高い場所があるということを新聞で読んで心配していたが、ここまで高いとは知らなかった。みんなお子さんをお持ちなので本当に不安だと思う。事故の時の政府の対応がもっと早ければ、真実を伝えてくれていれば、とみんな涙ぐんで話しておられた。

 福島県がアドバイザーとして依頼した長崎大学の山下俊一教授が事故の後、ラジオで「今回の事故での放射線量は低く、妊婦や幼児が外に出ても大丈夫」と、一日に何度も語った。それで安全だと判断して、わざわざ安全な場所から危険な場所に避難してしまった人もいるし、放射能の強い場所で給水車から水をもらうために一日中並んでいた人も多かったそうだ。

 しかし、今でも「国が安全だと言ってるんだから」と内部被曝に全く関心を持たない人がほとんどだという。私がお会いしたお母さんたちは周りから変人扱いされてしまっているとおっしゃるが、家庭内でも温度差があり、自主避難の意見が分かれ、夫は福島に残り、母子だけ北海道や九州に移る例もある。「とにかく避難しろと国に命令してもらいたい。そうしないとみんな危険なのに動かない」「そして避難するお金を出してほしい」。悲痛な叫びだった。

 もし、福島市や郡山市などの人口の密集した場所での避難を国が決断した場合の経済をどうするのか? しかし、一番大事なのは人命である。やはり子供たちと妊産婦たちだけでも疎開のような形でも良いからすぐに離れることはできないのだろうか? 飯舘村で泣く泣く牛を手放す酪農家の方も悲しく辛いし、田植えもできない農家も辛い。

 昔から国の政策に踊らされ、米を作ったり減反させられたりと、理不尽な目に多くあってきた東北人がまた原発事故という国の政策の失敗の犠牲になるのかと胸が潰(つぶ)れる思いがする。お母さまたちの1人が「山形県の川西町に2日間だけ保養に行った。その時だけ下痢が止まった。あの時は嬉(うれ)しかった」とほほ笑んだ。下痢や鼻血が被曝のためのものか? 立証はされていないが、さまざまな不安、心配がストレスとなって苦しい思いをされていることは確かである。みんなを山形の温泉に連れて行きたいと思った。

(劇作家・女優、山形市出身)

[PR]
[PR]