渡辺えりの ちょっとブレーク

(94)「友に」ロックコンサート

2013/1/31 16:07

 今月20日の日曜日、東京・六本木のSTB139スイートベイジルというライブハウスで「渡辺えり愛を歌う『福笑い』新春ロックコンサート」と銘打ったコンサートを開催した。58歳にして初めてのロックコンサートである。

 以下に当日のパンフレットに私が書いた文章を載せたい。当日いらしてくださったお客さまだけが知る文章である。

 

 「友に」渡辺えり

 高校時代親友ワンコと組んでいたユニット「やぎ座」の録音テープがある。16歳の歌声の入った貴重な録音だ。同じ1月生まれだが、何事も几帳面(きちようめん)できちんとしていたワンコが昔演劇を上演する時に使っていた旧式のテープレコーダーで録音してくれたのだった。

 ワンコの勉強部屋に二人で籠(こも)って良く歌の練習をしたりレコードを聴いたりしたものだった。ワンコが昨年の8月に意識を失(な)くしてしまう直前に私が差し入れたケーキをおいしそうに一口食べてくれた後、眠りながら左手でギターのコードを押さえる仕草(しぐさ)を続けていた。「やぎ座」の曲を弾いてくれているのだ。私は思った。今私が見舞っているこの家で私たちが練習した歌をワンコは今歌っているのだと思った。

 またワンコと歌いたいと強く思ったその時にそれは叶(かな)わぬ夢となってしまった。

 友が亡くなるということは自分をも失うことである。その時を失うことである。確かに生きたあの時代にワンコと私が、世の中の矛盾に対して、大人たちの無理解に対して思い悩んだことを今だからこそもう一度思い返し追悼したいとコンサートを考えた。そしてチラシが出来上がった頃、勘三郎さんが亡くなってしまった。なんということだろう。

 私のわがままを笑って許し、どこまでも信じてくれていた心友を二人も失くしてしまうなんて。どうして追悼コンサートを企画してしまったのか…もう歌う気力も起きなくなってしまった。しかし、勘三郎さんは私が歌うと本当に嬉(うれ)しそうな顔をしてくれた。

 危篤の知らせを受けて病室に伺った時にはすでに意識はなく、ロダンの彫刻のような初めて会う人のような友の顔があった。その時の気持ちをベートーベンの「悲愴(ひそう)」に込めて歌うことにした。

 私は本当にわがままなのだと思う。「やぎ座」の録音を聞いては泣き、勘三郎さんの笑顔を思い出しては泣いている。毎日泣いている。友はあんなに頑張って生きて、大人で優しく、大きな力で私を包んでいてくれたというのに、私は寂しくて毎日泣いているのだ。

 しかし、このコンサートをやることで「友」たちにもらった「愛」をみなさんにお届けできればと願っています。今日は愉快にやりましょう!

 

 人前で歌ったことがないという故中井由美子さん(ワンコ)の娘さんに無理を言って、「やぎ座」の中井さんのパートを歌ってもらった。伴奏はシンガー・ソングライター山崎ハコさんにやっていただくという贅沢(ぜいたく)さだった。

 ベートーベンのピアノソナタ「悲愴」に付けた歌詞は「命のある限り人を愛して生きていきたい/疲れ果てて見る夢は孤独の中に光るひとつの星/たとえ冷たい風が吹き荒れてもきっと同じ星を持つ人がいる/命消えた友よ。あなたの分まで星を抱えよう/あなたの分まで愛し続けよう」というものである。

 何があってもくじけずに「友」たちが進もうとしたように、一日一日を大切にそして愛を忘れずに生きていこうと思います。今年一年が皆さまにとって良い年になりますように。

(劇作家・女優、山形市出身)

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