渡辺えりの ちょっとブレーク

(101)待望の山形公演

2013/8/30 15:27

 9月2日まで、私の新作戯曲「あかい壁の家」の公演中である。8月1日に東京・本多劇場で幕を開け、新潟での公演の後、19、20日は待ちに待った山形での公演だった。私の作品の山形公演は約20年ぶり。

 公演会場となったシベールアリーナ(山形市)は、こけら落としの時に打ち上げに参加した。井上ひさしさん(劇作家、川西町出身)と話し、この劇場に対する井上さんの愛情を強く感じ、力を注いだ劇場なのだと思った。そして、私の作品もここで上演できたらと夢見ていた。このコラムでも紹介した親友ワンコ(中井由美子さん)とも、ここでやろうと誓い合った。

 ワンコは1年前の8月28日に帰らぬ人となってしまったが、きっと喜んでくれていると思う。シベールアリーナに入った日、私は泣けて泣けて仕方がなかった。3年前ここで上演した一人芝居のことを思い出していた。ワンコが一生懸命手伝ってくれて、2回のステージが実現したのだ。

 そして今回、総勢47人でやってきたオフィス3○○の公演。ワンコがいなくてもみんなで団結して頑張ろうと、いとこや演劇クラブの仲間、花笠踊ろう会「夢みる力」のメンバーたちが協力してくれて、2回の公演はともに超満員だったのだ。親戚、友人たちも大いに喜んでくれた。

 みんなの喜ぶ顔を見たら、苦労して作品をつくったかいがあったとつくづく思った。演劇は多くの人の力を結集しないと出来上がらない大変なものだが、だからこそ終演後の喜びも大きい。山形市村木沢にあるオフィス3○○の山形支部で、高校時代のバンド仲間やいとこたちが、出演者とスタッフにご馳走(ちそう)してくれた。生ビールも機械を借りてそのまま新鮮に飲めるようにしてくれて、おいしい芋煮も作ってくれた。弟夫婦も手伝ってくれて、父ちゃん、母ちゃんも一緒に宴会ができた。本当に幸せだと思った。

 今回の作品はつくるのに本当に苦労した。構想は2年前からあったが、東日本大震災や原発問題をどうやって入れるか? 東北が昔から虐げられてきた歴史をユーモアのある芝居にどうしたら仕上げられるのか?

 登場人物たちをすべて面白い役にして、見せ場もあって楽しめるが、深い作品にするにはどうするか?などなど、考えているうちに時間は経(た)ってしまい、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」や映画の撮影が忙しくなり、山のような資料と格闘しながら寝ずの日々が続いた。しかも音楽劇で、早く歌詞を出さなければ作曲もできない。今年はこの作品のために頑張ろうと決めて心血を注いできたのに、出来上がらないでは済ませられない。亡くなった親友ワンコ、そして中村勘三郎さんの気持ちもある。

 追い詰められる毎日だったが、本番の1週間前にはラストまで書き上がった。稽古は出来上がったところから続けていたが、高岡早紀さんには本番前日に大切な場面の台詞(せりふ)を渡すことになってしまった。苦しかったが、その分お客さまの喜ぶ声が胸に沁(し)みる。

 新潟、山形、仙台、久慈(岩手県)と公演を続け、次は福岡、広島、兵庫、金沢である。被災地の皆さんも見に来てくださった。

 「あまちゃん」の撮影でお世話になった久慈での公演には、その時に食事に出掛けた居酒屋や喫茶店の主人と奥さまたち全員が来てくれた。泊まったホテルの従業員の方たちまで。閖上(宮城県名取市)、岩手県田野畑村、野田村の被災者の方々の前で上演するのは特に緊張した。逆に悲しませてしまったらどうしようと悩んだ。でもみんな面白かったと言ってくださった。

 生まれて初めて芝居を見たという方たちも随分おられた。その新鮮な反応に、いくら大変でも、そういう方たちのために、また公演しなければと思った。

(劇作家・女優、山形市出身)

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