渡辺えりの ちょっとブレーク

(103)勘三郎さんありがとう

2013/10/31 15:26

 東京・築地本願寺の野外特設会場で27日、歌舞伎俳優中村勘三郎さんの一周忌、追悼のイベントがあり、友人の一人として舞台にあがった。

 司会は笑福亭鶴瓶さん。親しかった友人たちが舞台で思い出などを語った30分だった。しかし、みんな思いが強すぎてあまり語れない。亡くなったことをまだまだ信じたくないし、勘三郎さんがいないということがあまりに寂しくて仕方がないのだ。

 出会ってから30年間のあれこれが浮かんでくる。どうしてもっともっと大切にしなかったのか。なぜあの時きちんと話さなかったのか。後悔ばかりしてしまう。

 明け方の夢によく出てくる。「なんだ死んでなかったんだ」とホッとして起きると、やはり死んでいる。本当に苦しい日々である。

 芝居を見に行っても、ついつい主演の役者を勘三郎さんと比べてしまう。演技力のことではなく、「本当に命がけで芝居をやっているのか」といった心根の部分をである。そしてこの舞台を見たら勘三郎さんはどういう感想を言うだろう?とも考えてしまう。

 自分が舞台をつくる時も勘三郎さんを意識してしまう。本当に私の人生に影響を与えてくれた人なのだ、とあらためて思う。

 12月から公開されるという彼のドキュメンタリー映画のダイジェスト版、35分の映像が会場で上映された。涙が止まらなかった。彼の真摯(しんし)に舞台に向かう姿勢がやはり凄(すご)い。

 「70歳になったら勘三郎という名前をやめて自由に生きたい」「お客さまの受けが良すぎる。受けが良いからといって調子に乗ったら、芸が荒れる」…。胸に染みる言葉の数々。

 病気から復帰して、長野・松本で歌舞伎を上演した時の廊下に張り出された寄せ書きを見て、勘三郎さんが号泣しているシーン。劇場裏を全速力で駆け抜け早替えをするシーン。堪(たま)らないシーンが続く。

 勘三郎という物凄い人物と出会って、本当に幸せだったと思うが、今会えないのは辛(つら)すぎる。そしていなくなってしまって、その大きさをあらためて知った。

 生出演している番組の最中に怒って電話をしてくれたり、これから飲みにおいでよと大笑いしながら電話をくれたり、逆に先約があるからと食事の誘いを断った時に子供みたいに激怒したり、あんな人はいない。

 「俺たち一生友達だよ」。いつもそう言ってくれた勘三郎さんがいない。

 勘九郎さんや七之助さん、孫の七緒八さんの踊りが最後にあって、成長したりりしい姿も拝見できた。

 昨年、親友を次々と失ったこともあり、ふさぎこむ日々も多く、仕事の面でも疲労がたまりすぎて辛い毎日だったが、勘三郎さんのドキュメンタリーを拝見し、息子さんたちの思いも受け止め、頑張らなければと逆に勇気をいただくことになった会であった。

 「お客さまに夢を届けたい」。私も忘れない。ありがとう。

(劇作家・女優、山形市出身)

[PR]
[PR]