渡辺えりの ちょっとブレーク

(104)「食」担う東北の農村守ろう

2013/11/28 15:25

 今月9日、山形市の山形テルサで民間放送教育協会主催の「食」をテーマにしたイベントがあり、基調講演とシンポジウムに出て、そしてシャンソンも1曲披露した。8月の戯曲「あかい壁の家」山形公演以来、いとこや小学校の同級生たちに再び会うことができた。そして、鶴岡市のイタリアンレストラン「アル・ケッチァーノ」の奥田政行オーナーシェフや、長井市のフォークグループ「影法師」メンバーで伝統野菜生産者の遠藤孝太郎さんたちにもお会いできて、有意義な時間を過ごすことができた。

 人にとって一番大切なのは「食」であろう。人は食べなくては生きていかれない。しかも脳みそが人の体で一番栄養が必要というではないか。現代の日本は食料自給率39%。先進国でここまで低いのは日本だけ。いくら国土が狭いといっても異常なことである。

 農村は昔から辛酸をなめてきた。童話作家・詩人宮沢賢治が「百姓のために死のう」と決意して、肥料の研究をし、寒さに強い稲を開発したのも、自然災害や冷害などで苦しむ農村を何とか救いたいと思った一念からだった。

 地主や貴族たちが贅沢(ぜいたく)な暮らしをしていた一方で、布団もなく藁(わら)をかぶり、自分らが作ったコメさえ食べられずヒエやアワを食べ、選挙権もなかった戦前の農村の暮らし。日露戦争でも第2次世界大戦でも最前線に送られ、多くの戦死者を出した東北の農村。

 このたびの原発事故の後処理を見ても、東北の農村に対する差別を感じないではいられない。日本の「食」を担ってきた農村に対して、日本の国がやってきたことは狂っていると言っても過言ではない。

 林業漁業にしてもそうであろう。

 最近両親と初めて十和田湖の乙女の像(青森県)を見る旅に出たが、紅葉が素晴らしく、あらためて東北の自然の美しさに触れた。しかし、林業も後継者不足で、間伐のできない杉林が多く、熊などが食べる実のなる落葉樹が減ってきたりと自然の循環が乱れてきている。昔から人が自然を手入れして、見事な工夫をしてきた林業、漁業、農業が壊れだしている。

 私たちが豊かで安全な「食」を享受するためにも何とか東北の農村を大切に守り、発展していく方法を考えられないだろうか?

 この5年間でコメの生産調整(減反)制度も廃止するというが、たった5年で農家の後継ぎを増やすことができるのだろうか?

 個性的な小さい規模の農家が潰(つぶ)れ、大規模で画一的な金のある農家が生き残ることにならないのだろうか?

 奥田シェフの仕事も遠藤さんの仕事も素晴らしい。まるで芸術家である。私たちが演劇をコツコツと続ける仕事にとても似ている。しかし演劇だけでは食えない。農家だけでは食えないのに似ている。だが、私たち演劇人と農家とが同じではおかしい。人の命を繋(つな)ぐ「食」を司(つかさど)る人間が食えないのは間違っている。

 また、今回の仕事で久しぶりに葉山温泉(上山市)に宿泊することができたが、かみのやま温泉で5軒の旅館が潰れたという。東日本大震災の後の風評被害などで客が減り続けたせいらしい。十和田湖のホテルも震災後キャンセルが相次ぎ2軒潰れたといわれている。震災による、被災地ではない東北の復興も重要になってきた。

(劇作家・女優、山形市出身)

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