渡辺えりの ちょっとブレーク

(107)未来の介護に向けて

2014/2/28 15:17

 先月、山形の病院に入院している叔父が危篤になり、実家に戻った。

 5歳まで、山形市村木沢の山王で一緒に暮らした母の弟である。七ツ松(山形市門伝)にあったナショナル(現パナソニック)の工場に勤めていて、趣味でカメラを集め近隣の写真を撮っていた。地区のコンクールに入賞した叔父の写真は、よく公民館などに貼り出されていた。私と弟の写真もよく撮ってくれて、今でも子供の頃の写真で残っているのは、ほとんどが叔父の写真である。そのために、叔父の写っている写真が一枚も残っていない。いつも人の写真を撮ってくれているために、自分は若々しい姿を残すことができなかった。

 最近になって私が病院で撮影した、糖尿病が重くなってからの写真は数枚手元にある。若い頃は俳優の三宅弘城さんに似た感じだった。三宅さんの舞台を見るたびに叔父さんを思い出して笑っていたのだ。少しほら吹きで、いつも珍しいものを探し出してはオーバーな作り話をして、幼い私たちを喜ばせてくれた叔父が大好きだった。

 父の兄も母の姉も亡くなり、父は87歳、母は84歳。私の幼かった時代を知る人たちが少しずつ消えていく。そしてそのたびに何かが大きく欠落し、闇が濃くなっていく感じがする。

 過去を鮮やかな色で語る人が消えていくからである。鮮明な過去の記憶は、語る人の言葉によることが多いのだ。面白おかしく、色を付けて語る過去が面白いのだ。

 従妹(いとこ)の娘が山形市長町の特別養護老人ホームで働いているので、従妹と一緒に見学させてもらった。その施設をモデルに映画を撮影する企画があり、協力してほしいとの依頼を受けたためでもあった。入所待ちの高齢者は280人もいるという。清潔で設備の整った明るい施設だった。介護士として働く、従妹の娘はよく気が付き優しい女性だが、朝から晩まで働き、施設にいるためかまだ独身である。

 所長さんに話を聞いた。介護士の数が足りないという。やりがいのある良い仕事なのに、辛(つら)くて大変なのでは?という先入観が働いてなかなかなり手がいないのだという。老人ホームで働く介護士を主人公にした面白い映画を作りたい。そして、介護士という仕事の素晴らしさを世間に分かってほしいのだとおっしゃるのである。

 この先日本はますます高齢化し、介護士もどんどん求められるようになるだろう。しかし世の中の価値観が、楽をして儲(もう)ける方が利口であるような捉え方を賛美する方向に向かっているようで怖い。情けは人のためならず、という根本の考え方も根付く暇がないくらいである。大人たちが身をもって子供たちに「相手を尊敬する心や思いやりの精神」を示していかなければ、将来の介護に夢はなくなってしまうだろう。

 私の周りの演劇人たちで介護の資格を取り、演劇の仕事の合間に働いている若者も多くはなっている。演出の仕事で忙しい鈴木裕美さんも2年前に資格を取ったという。頼もしい人たちも中にはいるのだが、社会の意識はまだまだ低い気がする。

 山形の実家の周りで、高齢になった親戚の方たちの若い時からの苦労の時間を思う。この人たちが今の日本を苦労してつくり続けてきたのである。

 私もいろいろな形で協力していきたいと思う。

(劇作家・女優、山形市出身)

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