渡辺えりの ちょっとブレーク

(112)残念、でも幸せ

2014/8/30 15:14

 8月7日は本当に残念だった。塾生と泣きながら稽古し、初参加になる予定だった宇梶剛士さんも白崎映美さん(酒田市出身)も張り切っていたのに、雷雨のため山形花笠まつりが中止になってしまったのだった。前日は映画「舞妓(まいこ)はレディ」の記者会見のために、周防正行監督と主演の上白石萌音(かみしらいしもね)さんと一緒に、山形市の料亭「四山楼」でおいしい食事をごちそうになりながら、花笠まつりの話題で盛り上がった。監督たちの山車の後ろにちょうど私たちの「夢見る力でがんばっべ!・渡辺えりと花笠を踊ろう会」が続く予定で、ナナ・ビーンズの前辺りで私が監督たちの手を引っ張って山車から降ろして、一緒に踊るサプライズを約束していたのだった。

 山形国際ホテルのロビーで稽古も済んで、いよいよ公園に集合というところで中止の連絡。一行140人は声もなかった。

 ホテルに頼んでロビーで踊らせてもらった。宿泊していた関西からの観光客が見せてほしいとのことで、そのお客さまたちに見ていただいた。とても喜んでいただいたのが、みんなの心の救いになった。早めに打ち上げのパーティーが開催され、私も予定より多めに歌を披露し、東京から来た渡辺流演劇塾の1期生による「天使猫」の予告編も上演したのだが、予定になかった2期生の発表会までやってしまった。1期生は1年間の勉強、2期生はまだ入って3カ月だというのに。

 ロケット団の漫才も面白く、白崎さんの歌も絶品であった。花笠の踊りの会のきっかけになった私のいとこは打ち上げのラストで号泣した。いとこが母親を失った悲しみを忘れるために踊った花笠。それを見た私が感激して、身体の利くうちに自らの意思で踊る。中高年の力を結集して未来へ託す平和への祈り、と「渡辺えりと花笠を踊ろう会」を企画したのだった。中止になって、いとこの緊張していた糸がプツリと切れた瞬間だった。「来年こそは!」。会場の気持ちがまたひとつになったのだった。

 白崎さんには10日に東京杉並区の座・高円寺で上演した、劇作家協会の戯曲セミナー特別講座企画のドラマリーディングにも参加していただいた。私が構成演出した舞台で、1部は女優の渡辺美佐子さんと劇作家の福田善之さんへのインタビュー。2部がリーディングで「演劇は戦争を止められないのか?」という題で、古今東西の劇作家たちの戦争と平和について書かれた台詞(せりふ)を抜粋して構成し、その中に歌を挿入して綴(つづ)った作品である。小劇場で活躍している役者たちを中心に塾生も参加し、50人ほどの出演者で上演した。友人の山崎ハコさんにも出演してもらった。

 白崎さんが東北の魂を歌った歌は物凄(ものすご)い。震災の復興のためにも東北の力をアピールしつづけていくことが大切だと私も思っている。白崎さんが地元で「最上川舟唄」を歌うと、あの長い合いの手を観客全員が歌えるのだそうである。もちろん私も歌えるが、その観客の合いの手を聴いた、東京から来たミュージシャンが大いに驚いたという。「山形の人たちは凄い。みんながこの民謡を歌えるのだ。東京にはそんな歌はない」と。嬉(うれ)しい話である。誇りに思った。

 17日は山形西高3年6組の同級会が山形グランドホテル(山形市)の「エーゲ」で行われた。私も5年ぶりに出席した。5年前の幹事は亡くなったワンコ(中井由美子さん)と、松岡みどりさんだった。同級会は初め、10年に1回にしようと決めたらしいが、年を重ねてみるとそれでは一生のうちに会える回数が少なすぎることに気が付いて、5年に1回に変えたという。5年後は65歳。もう少し早く会いたいねと皆が言う。午前11時から午後2時まで食事しながら一人ずつの近況報告の後、1階の喫茶店で夕方近くまで、思い出から集団的自衛権まで話は尽きなかった。

 21日は山形新聞のレディースセミナー。そして「天使猫」の記者会見。夏は山形に縁があって幸せだった。11月にまた、シベールアリーナで皆さまとお会いできるのが楽しみである。

(劇作家・女優、山形市出身)

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