渡辺えりの ちょっとブレーク

(118)塾生だけの発表会

2015/2/27 13:05

 渡辺流演劇塾の3期生を募集中である。劇団から塾へと形態を変えてもう3年目になった。

 劇団の場合は毎回出演するメンバーは同じで、何年か経(た)つと、その役者の得手不得手が分かってくる。すると新作を書く時にもなかなか配役の冒険ができなくなってくる。

 役があって当たり前といった意識も強くなってきて、舞台に立つための訓練や習い事も怠ってくるようになってくる。作・演出も役者もお互いに甘えあってしまい、進化しづらくなってしまうのだ。もちろん劇団でなくてはできない演出も多くあると思うが、発展的解散ということで一旦(いったん)劇団を終え、役者たちがいつでも学べる形態として塾を始めた。

 今までも「無人塾」という、1週間毎日授業のあるハードな演劇塾や、半年限定の塾もやったが、自分の仕事が多岐にわたって忙しくなってしまったこともあり、長い間止めていた。何でも自分でやらなくては気が済まない厄介な性格のためだったと思う。

 今回3年続いて、昨年の舞台「天使猫」で訓練の成果を上げることができたのは、他の講師の方たちの熱心な指導によるものと感謝している。ボイストレーニングは深沢敦さん、コンテンポラリーダンスは村本すみれさん、そしてアクロバットは元劇団員の奥山隆君。演技実習は私が撮影などで出られない時には、何作か私の作品に出演し、演出助手を担当してくれた石田恭子が指導してくれている。夫の土屋良太にはパントマイムなどを教えてもらっている。

 塾生もみんな不器用なタイプが揃(そろ)っているのだが、コツコツと、面倒な作業も真剣に真面目に取り組んでくれている。「天使猫」での楽器の演奏やダンス、そして道具の転換などのフットワークもそれぞれの劇場で大好評を博したのだった。

 そして、今年8月いよいよ塾生だけの発表会を行うことにした。メーンの役もスタッフもすべて塾生だけでやる公演である。

 私の作品の中からやりたい作品を塾生たちに選んでもらった。数本に絞られた候補作の中からみんなが選んだのは「夜の影」だった。

 私が25歳の時に書きあげ、演劇をやるのを父に許された初めての作品である。たまたま東京に出張にきていた父が新宿の小さな劇場で見てくれた作品で、今まで反対していた父が「こういう作品ならやっても良いよ」と、私の暮らしていた池袋のアパートで言ってくれた。飛び上がるくらい嬉(うれ)しかった。これで堂々と演劇ができると思った。

 内容は私と弟とをモデルにして書いた、のちに「ゲゲゲのげ」に発展していく作品である。フランスの画家「クールベ」の画家のアトリエがモチーフになっていて、世の中の固定観念を打破し、芸術の役割を世に問おうとしたクールベの精神と私がやろうとしていた演劇のこだわりを重ねた大作である。

 塾生はなぜこの演じるのが大変なこの作品を選んだのか? きっと当時の私の年齢と近いからではないだろうか? 若さならではの激しさと苦悩。そしてロマンチシズムが全編に満ちている。初演も再演も山形の弟が号泣した作品である。

 演出は前述の石田恭子に頼んだ。そして、私たちを育ててくれた劇場「ザ・スズナリ」(東京・世田谷区)で2班に分かれて8月18日と19日の2日間のみ上演することになっている。

(劇作家・女優、山形市出身)

[PR]
[PR]