渡辺えりの ちょっとブレーク

(119)愛する猫の死

2015/3/30 13:04

 16年間飼っていた猫の夢彦が最近死んでしまい気持ちを落ち着けられないでいる。

 地方や外国に行く仕事が立て続けにあり、その間はあまり感じなかったが、東京の家に帰ってくるとついつい夢彦を探して途方に暮れてしまう。5年ほど前から飼っている捨て猫だった雪彦も夢彦がいないせいか落ち着かず、しょっちゅう外に出掛けるようになりほとんど家に戻らなくなった。

 「ペットロス」という言葉を耳にした時、自分とは遠い言葉に思えたものだったが、ベッドの脇や廊下の段ボールの上の夢彦の場所だった空間にじっと見入って立ち止まる自分に驚くのだった。いないということを受け入れるのにやはり時間がかかるのだ。人はみんなこうやって、どうしようもない切ない感情と戦い、何とか折り合いをつけながら明日へと進んで生きてきたんだなあ…とつくづく思った。

 人間は思いのほか強いのかもしれない。

 夢彦が死んでしまう前の約1カ月の間ベッドの隣の床でじっと横になっている彼の体から異臭がして後半は我慢できないほどだった。尿が少しずつ漏れ続けていた。体が冷えてしまって動けないため床暖房を付けっぱなしにしていたが、臭いがすごすぎるのでペットシートの上に寝てもらうことにした。あんなに大きくて強かった夢彦ががりがりに痩せてときどきギャーと鳴いたりする。

 注射器で口から栄養のある液体化した餌を与えたり、医者に行って点滴をしたりして見守っていたが、臭いが我慢できないときは私が書斎で寝たりと、今思えば残酷なことをしてしまった。宮崎での講演会の仕事で私が留守の明け方に夢彦は逝ってしまった。

 うちには老犬になった愛子と笑子の柴犬の親子も住んでいる。5月に17歳になる愛子は両目が見えず、耳も聞こえなくなっている。足腰も弱くなりいつまで生きていられるのか時間の問題かもしれない。笑子も夏に14歳になる。覚悟の上で飼った動物たちだがみんな先に逝ってしまうという現実を乗り越えなくてはならない。

 小学生の低学年の頃、山形の実家がある美畑町のどぶ川で溺れているスズメの赤ちゃんを弟の真紀夫と一緒に見つけた。真紀夫と赤チンを塗ってやり、私の勉強机の引き出しに人形用の布団を敷いて飼うことにした。勉強机は父が刑務所から買ってきてくれた丈夫な机だ。受刑者たちが作った製品は良いものが安く買えたのだった。

 スズメは元気になり、私たちとよく遊んだ。しばらくして朝起きると、そのスズメが私の隣の布団の上で冷たくなって死んでいた。寝ている間に人恋しくて私の布団の中に入ってきたのだろう。眠っていた私は知らずに寝返りを打ってつぶしてしまったのだった。

 その時のことを思い出すと今でも胸がつぶれそうになる。助けたスズメを殺してしまった-。それ以後、生き物は飼わないと決めたはずの私だったが、子供のいない寂しさからだろうが、犬や猫のかわいらしさにあらがうことができずに飼い続けてしまったのだった。

 そんな私のわがままに、うちの動物たちはよく付き合ってくれたなあとつくづく思う。

 人間よりも先に年を取っていくその姿が私自身の未来も教えてくれる。覚悟して努力する時間を考えさせてもくれるのだ。ありがたい。

(劇作家・女優、山形市出身)

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