渡辺えりの ちょっとブレーク

(126)悪戸とアクト

2015/10/31 12:58

 10月20日から24日まで、函館、札幌、東京の王子と、ハードスケジュールの中での「ロマンチックコンサート」が無事に終了した。

 函館が終わった当日にバスで4時間かけて札幌に移動し、翌日昼夜の2回公演という強行軍だった。函館と東京は1300人の大劇場だったが、東京は2階席も満杯の大入りで、お客さまが大いに喜んでくださっているのを感じて疲れも吹き飛んでしまった。まさに感謝感激である。札幌には高校演劇部の仲間だった敏ちゃんも聴きに来てくれて、久しぶりに楽屋でゆっくりと話すことができた。孫が生まれたとの報告を受け、あらためて、私ももうそんな年齢なんだと驚いた。一緒に芝居の稽古をしたのは40年以上前なのだ。

 山形六中時代、教育実習生として私に朗読を指導したことのある方も楽屋を訪ねてくださった。函館では村木沢の悪戸出身の方にご祝儀をいただいた。

 18歳で上京してから舞台芸術学院に入学し、同期がアルバイトをしていた関係で、同学院の先輩が経営している料理店によく行ったものだが、東京王子では懐かしいその先輩が妹さん、娘さんたちを連れていらしてくださった。懐かしい方々と話しているうちにその方たちと過ごした時間がよみがえり、その時の自分の考えも川のように押し寄せてくる。

 「ロマンチックコンサート」で歌っている曲の中に、高校時代に親友とユニットを組んで歌っていた「不幸せという名の猫」、舞台芸術学院の学生だったころアルバイト先で歌っていた「ろくでなし」など、若いころから親しんできた歌が入っている。そのころ、自分が60歳になった時に舞台で歌うことを考えていただろうか?

 歌手になりたい。女優になりたい。イラストレーターになりたい。といった「夢」自体に憧れて、苦しいほどに身を焦がしていたあのころ。そして、上京して勉強を重ねている間は甘いものではなかった。「夢」に向かって努力することはつらく厳しい道のりである。傷付き、傷を負い、這(は)いつくばって創造し続けた人生で、それはこれからも続くであろう。

 若いころに歌った曲は一緒でも、歌う気持ちの持ちようは相当に変わってきていると思う。今回お客さまたちから「勇気をいただいた」「体の具合が良くなった」などの感想をいただき、そんなことを考えたのだった。カーテンコールに歌った私作詞の「ローズ」が同世代の女性たちにCDを出してほしいとの声が多く寄せられるほど人気が高かった。

 「ローズ」は亡くなった山形の親友が愛してくれた歌である。

 コンサートが終わり、12月に下北沢の「ザ・スズナリ」で上演する「ガーデン」の準備と来年4月の新作の執筆を終えねばならない。演劇漬けの日々が始まる。

 今気が付いて私は感動してしまったが、父の生まれ故郷は村木沢の悪戸。悪い戸と書いてアクトと読む。あの世界一おいしい里芋「悪戸芋」の産地だが、アクトは英語で「演じる」演劇の意味である。アクトACT。こんなすてきな言葉遊びになぜ今まで気が付かなかったのだろう!

(劇作家・女優、山形市出身)

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