渡辺えりの ちょっとブレーク

(155)劇作家大会の夢

2018/3/29 11:45

 この欄を担当してくださっていた記者Sさんが今月いっぱいで違う部署に異動になる。彼の母上は私と山形西高の同級生。私にも息子がいたらこんな感じかな?と思うほど体形や雰囲気が私に似ていたように思っている。3年間、本当にお世話になりました。

 このコーナーをお引き受けして13年。本当にいろいろなことがありました。月に1度のエッセーは故郷のこと、演劇のこと、出演したテレビや映画の裏話、そして時事問題と、過去のこの欄を読み返せばその時々の自分の悩み事もうれしい出来事もよみがえってくる。

 3月1日付で日本劇作家協会の会長に就任したが、すぐに取材をしてくださったのもS記者であった。協会の初代会長は井上ひさし氏。川西町には井上氏にちなんだ劇場も遅筆堂文庫もある。山形市のシベールアリーナもそうである。氏が残した多くの著書も読むことができる。

 協会を立ち上げた時に井上さんたち大先輩たちに誘われ、ジャンルや世代を超えて劇作家たちが集った。そして、さまざまな興味深い演劇論で盛り上がり、全国で劇作家大会が開かれた。盛岡、札幌、熊本、城崎温泉と、それぞれの土地と協会が手を結んで演劇ざんまいの数日を観客と共に過ごす。演劇の公演、シンポジウム、講演、街頭演劇や朗読の実験劇もあり、東京からゲストの役者たちも駆け付けてくれた。

 この大会を山形でもできないものか、と、協会設立時から思っていたが、井上ひさしさんが亡くなってしまい、言い出せないでいた。山形には温泉も多いし劇場も多い。地元の演劇人にも協力していただき、全国から山形に演劇好きのお客さまが集まる劇作家大会が山形でできないか、と願っている。

 23歳で劇団を立ち上げて劇作を続けて40年。山形から東京に出て来て45年。多くの出会いと別れを繰り返し、今また机の前で新作「肉の海」を書いている。初めて原作として素材を提供していただく作家上田岳弘さんは38歳。その原作「塔と重力」が芸術選奨新人賞を受賞した。全くの偶然だが、さらにプレッシャーがかかる。

 役者もやり、歌も歌い、書いて演出するという仕事を続けている人はなかなかいない。必死に頑張っていても、なかなか理解してくださる人は少ない。一本に絞った方が良いと助言されることも多い。しかし、山形六小の頃からいろいろなことをコツコツやる性格が変わらないのである。

 63歳の今日も、小学校の学芸会や文化祭、山形六中時代の生徒会や合唱クラブ時代と全く変わっていないのである。Sさんお疲れさまでした。私も頑張ります。

(女優・劇作家、山形市出身)

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